01/12/02 11:59:39
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眠れる闇
Vol.2
著者 : カイ
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●第十一章・撃 ドーン!と縦幅が約五十メートルある射撃場に銃声が轟く。
遥か遠くに備え付けられた人の影の形をした的が二十秒と 経たないうちに粉々になった。 輝島が肩の位置から真っ直ぐに構えた銃の先端から細い 煙が天井へ向かって伸びている。 輝島が手元の赤いスイッチを押すと的を取り付けていた 機械がスライドしてきた。ボロボロになった的をゴミ箱へ 捨て新品の的を張り付けた。この的は都内にある有名ミリタリー ショップで購入した物だ。青いボタンを押し、機械は再び 五十メートル先にスライドして行った。 先程、使い切った銃のマガジンをゆっくりとはずし静かに テーブルの上に置いた。そして、腰から新たなマガジンを装填した。 腰の位置に垂れ下げた腕を肩まで垂直に構える。 照準と輝島の目が一直線に揃い、右手の人差し指が冷たい金属の トリガーを引いた。銃声が勢いよく木霊し的の胸部を貫いた。 次の弾は左肩を射抜き、右肩をも射抜いた。最後に頭を撃ち抜くと 輝島はフーと溜息を吐き銃を下ろした。 「相変わらず、達者な腕だな。いつまでもくそみたいな射撃の腕を 落ちんようだな?」 輝島の後ろで射撃を見ていた内藤がパチパチと拍手する。 「貴様の腕は落ちてないだろうな?久しぶりに大鷹とうたわれた お前の実力、見せてくれないか?」 「ふ、いいだろう。腰を抜かすなよ。爺の心臓には悪いからな。」 「よく言う。こいつを使え。昔、よく使っていたんだろう?」 輝島は拳銃がしまわれている分厚いジェラルミンケースから コルトガバメントを手渡した。内藤は素っ気無い態度でそれを貰い 受けた。内藤は思い出していた。昔の、自衛隊に入る前の自分を。 血と硝煙の匂い、仲間の声が光の速さで頭を駆け巡った。 忘れていたあの日。内藤が最も多くの仲間を失なったあの日を 思い出した。目を閉じ前方に視界を向ける。金髪の男、 キャドリー・ワイバン。内藤が忘れていた殺意が銃のグリップを 持った事で蘇えってしまった。 「久しぶりだな。キャドリー。」 内藤はそう呟くと目を閉じたまま的にすべての弾丸を叩き込んだ。 しかし的には一つの穴が出来ただけで殆ど無傷だった。 「な、なに?」 「爺、これが俺の腕だ。」 マガジンの弾は一発も残されていなかった。 内藤はすべての弾丸を一箇所に注ぎ込んだのだ。 人間離れしたその精確さを目の辺りにした輝島は驚愕した。 輝島が目を丸くし立ち尽していると奥の部屋から利行が時間どおり にやって来た。 「内藤、来たぜ。」 「時間通りか。こっちへ来な。お前に相応しいモンをやるよ。」 内藤は射撃訓練場の横にある武器庫へ利行を連れて行った。 他の部屋と違って充分換気がされているせいか、からりと乾いて いた。 内藤が長方形の大きな鉄の扉をスライドさせた。 そこにはぎっしりとライフルやサブマシンガンが立て掛けてあった。 AK47、M16A2やスパスなどのショットガン。これらはすべて 比留間が手に入れた物なのだろうか? 「とりあえずこいつを使ってみな。」 内藤がたくさんの武器の中から比較的小柄な物を利行に差し出した。 ドイツのH&K社が開発した高性能サブマシンガン、MP5A4だ。 小柄な割には以外と重量はあり、金属が手に触りひんやりとした感触 を伝えた。 そして射撃場に戻ると、的を設置し銃を構えた。 「違うな。どうも構えが違う。」 内藤は利行からMP5A4を借りると利行に分かり易いようにゆっくり と撃ち方を演じた。 「この時ストックは肩に押さえつけるんだ。そうすれば態勢が安定して 反動を少なく出来る。あとは引き金を引き、相手を殺すだけだ。 やってみろ。」 利行は一度だけ頷くと、内藤に言われた通りにやってみた。 MP5A4は三回咆哮すると、的には右腕、左胸、斜め右上の空白に 穴が開いた。 「もう一度だ。」 もう一度、引き金を引くと今度は銃が何度も咆哮して、 的は見るも無残にぼろぼろになった。 「そのへんでいいだろう。実戦で経験を積め。」 「ああ。」 内藤はそれだけ言うと射撃場を出た。輝島は射撃の練習をしている利行 の姿を一瞬見て、すぐに出口の扉に視線を移した。 「随分、嘉川に要れこんでいるようじゃないか。」 輝島が内藤に言った。 「そうかもな。この俺とした事が・・・。らしくないな。 だが嘉川はいつか俺達より強くなる。それは近い内にやって 来るだろう。必ずな。」 内藤は笑いを交えて喋った。輝島もそれを聞いて一瞬困惑したが すぐさま笑いを返した。 それから十分後。利行は射撃の練習をきりあげ遅れた朝食を取ろうと リビングへ向かった。そこには誰もいなく、ラジオが点けっぱなし だった。報道番組が拘置所から内藤が脱獄した事を放送していた。 スピーカーから聞こえてくる陽気なDJの声がこれほど嫌に聞こえた 事はなかっただろう。 気分が悪くなったのか利行はすぐにそれを切った。 キッチン、いやキッチンと呼ばれる場所はリビングの奥の扉の向こう にある。利行は足を進めた。かちゃりと音をたて扉が開く。 確か飯は・・・。そうだ、中央の棚の一番左にパンが入っていた筈だ。 そこを開けると『ふんわりモチモチ・朝日屋食パン』と書かれた ビニール袋に包まれた食パンを見つけた。それをとって紙の皿に乗せた。 こんな所にジャムなんていう上等な物はない。 小さな小さな冷蔵庫からバターを少し指で取り冷えたパンに塗った。 これでまだマシになる。あとは飲み物だ。ここへ来てからコーヒーと 水以外の水分は取ってはいない。 利行は冷蔵庫の片隅に眠る瓶のコーラを手に取った。 この前外へ出たとき自動販売機で購入したものだ。 それを取るとすぐに固い蓋をあけ、数口含んだ。軽やかな喉越しが 利行を刺激する。久しぶりに刑事の頃の生活に少し戻った気がした。 「かがわ〜、俺にもくれよ〜。」 語尾をやたら伸ばした気だるい声が後方から聞こえた。 頭をぼさぼさにした恐らく起きてから数分といった顔で東が立っていた。 「ああ、コーラか。ほら。」 「サンキュ〜。」 それだけ言うと東はコーラを引き取り一気に飲み干した。 利行の顔が少し歪んだ気がしたが東は、お構いなしだった。 「サンキュ〜。ゲップ、じゃあな〜」 ・・・はああ・・・ 利行は思わず溜息をついた。久しぶりのコーラが。まだ数滴しか飲んで なかったのに。 東は寝起きがかなり悪い方なのだろう。おぼつかない足取りで部屋を 出て行った。利行は気をとり直し、グラスに水道の水を注いだ。 先程とは違って嫌な錆び臭い物が喉をゆっくりとゆっくりと通った。 東京の水はいつ飲んでもまずい。感想はそれだけだ。 今度はパンを口にしてみる。やはりこれも不味い。ふにゃっとした冷たい パンは何となく噛みごごちが悪かったし味が素っ気無い気がした。 以上で朝食は終了。あとは夜まで何も予定はない。 神原や一課の奴は元気だろうか?忘れかけていた事が頭の中で蘇えった。 布袋は大丈夫なのだろうか?確かあの時、布袋に銃弾を放ったが奴は 死んでしまったのか?失ったものをある日ふっと思い出した時の あの不安。利行は胸になにか重いものを感じていた。 真田は顔や姿が分からないように分厚いコートを羽織り、 久しぶりの街へ繰り出していた。 スクリーンを見てみると、拘置所での事件が報告されている。 いつ映したのか、警官達と挌闘を繰り広げている自分達の姿が 映っていた。 あと、映像の左隅にミシュキンが乗っているバンも映っていた。 道を行き交う人々は、そんなニュースを全く気にすることなく、 女子高生は携帯電話相手にキャーキャーと金切り声を上げ、 サラリーマンはペコペコと電話の向こうにいる取引相手や上司に向かっ て頭を下げている。 真田は画面から視線を離すと薄黒い路地へと足を進めた。 そこには真田にとって唯一の落ち着く場所がある。 自分がこの世に生を受けた場所。いつもそこへ行くと考えさせられる。 自分が生まれた事は幸福だったのか不幸だったのか。 答えは今も見つかっていない。薄黒い路地を抜けると小さな教会が 見えた。 いや、教会と呼ばれていた場所があった。真田はこの教会に勤めていた シスターと警察官との間に生まれた子供だった。父親の警官は真田が 三歳のとき強盗に撃たれ殉職し、母親のシスターは彼が十歳の時、 ガンで死んだ。 雪影という名は、両親の死を忘れようと真田自身が名づけた名前だ。 本当の名前はもう忘れた。 ほぼ半壊している木製の扉が悲鳴をあげゆっくりと開いた。隙間風が 建物全体を揺らしている。 教会の天井には、大きなステンドグラスが埃をかぶって僅かな太陽の光を 浴びている。昔は神父が聖書を読んでいた教壇も今では蜘蛛の巣が張り 巡らされている。 教会に無数に入ったひび割れから冬も近いと感じさせる冷たい風が 吹きこんでくる。 「誰だね。こんな所で何やってる?」 教壇の左にある扉から薄汚れたコートを着た老人がやって来た。 真田にはその顔にはうっすらと記憶があった。自分がまだここで 暮らしている時神父をしていた男、名前は・・・忘れた。 確かアメリカ人と日本人のハーフでハリウッドによく似た名前の役者が いた。 「お久しぶりです。神父様。」 「その顔・・・。そなた真治によく似ておるな。もしかして・・・ 真治の息子の恭介か?」 恭介・・・。何処かで聞いた名前。真田の記憶のそこに埋もれていた モノが色鮮やかに流れ始めた。 恭介、それは真田が雪影と名乗る前の名前、そしてそれが母親である 瑠璃が名づけた名前でもあった。 「・・・ダイジ・ショーン・カリム神父様。お久しぶりです。」 真田は神父の名も思い出した。ダイジ・ショーン・カリム。 真田が昔、散々変な名前だ。変な名前だ、と言っていた事も。 ダイジは懐かしさと少しの困惑を持って答えた。 「恭介・・・。そなた恭介なのだな?おお、恭介!」 「本当にお久しぶりです。神父様。」 二人は再会を喜び、僅かな時間だったが抱き合った。 ダイジ神父の顔が笑顔と涙でくしゃくしゃになっていくのが分かった。 神父は心の奥底から再会を喜んでいる。 神父は真田の事を自分の孫のように慕っていたのだ。同然と言えよう。 「本当に久しぶりですね。神父様は今ここで何を?」 「お前が孤児院に預けられる事になってから三ヶ月後、前々から借りて いた金が反しきれなくなりヤクザみたいな連中にこの土地を譲らなけ ればならなくなったんじゃ。 この教会はわしにとってたくさんの思い出が詰まっておる。 どうしても他人の手に渡ることなどしたくなかった。 無理を言って、わしはここでこの建物の管理人をやらしてもらえる事 になったのじゃ。ただ働き同然じゃがな。」 「施設へ行くという事は考えていないんですか?」 「施設へ行く気などさらさらない。わしはこの教会と運命を共にする つもりじゃ。・・・外は寒かったじゃろう。ささ、こっちへ来なさい。 暖かいココアが用意してあるから。」 「ありがとうございます」 真田がぺコリとお辞儀をするとダイジ神父は昔と何ら変わらない 笑顔を浮かべ真田を通した。 奥へ通された真田は、コツコツと煮え立った鍋に目を移した。 神父は戸棚をゴソゴソと何かを探している。 鍋の中にはおいしそうなココアが煮込んであった。 「ふぉふぉふぉ、恭介。お前が昔、使っていたマグカップじゃ。 懐かしいじゃろ。」 真田の胸の中に懐かしいものが込み上げてきた。 カップの側面に安っぽくプリントされた昔の戦隊モノの写真が 妙に懐かしい。貧乏だった自分はこれを誕生日に買ってもらって おおはしゃぎした覚えがある。 神父はゆっくりと熱々のココアをそれに注いだ。 湯気がもわっと立ちこめる。 「ささ、冷めない内に飲みなさい。」 真田は言われるがままにココアを飲んだ。少し甘くて懐かしい味が 口の中へ広がっていった。真田はすぐにそれを飲み終えハーと 息を吐いた。 「おいしかったです。」 「ささ、まだあるからたくさん飲みなさい。ふぉふぉふぉ。」 ダイジが笑っていると玄関の方から声が聞こえた。 「HELLO!!」 流暢な英語だ。発音からして日本人ではないだろう。 「ちょっと待っておれ。ふぉふぉふぉ、今日は客人が多いのう。」 ダイジは玄関の方へ歩いて行った。 真田は渡されたココアの水面の渦巻きを見ながら思い出していた。 母親である瑠璃の事を。そして刑事だった父親の真治の事を。 両親たちと一緒にいた時は本当に幸せだった。決して裕福ではなかった が幸せだった。しかしそれは既に過去の話だ。今ではその記憶の為に 自分の決意が揺らぎそうになる。 『恭介、俺は刑事とは言え拳銃で人を殺した。それは許される事ではな い。いいか。正義を背負うということは罪を背負うということでもある のだ。どんなに自分が正義の為にやったとは言え人殺しは人殺しなのだ。 正義を絶対だと思ってはいけないんだ。』 真治が昔、真田によく言っていたセリフ。当時の自分は幼かった為、 その言葉を理解できず首を傾げていた。 ・・・オヤジ、すまない。その約束守れなかったよ。 姿なき父親に向かい真田は頭を下げた。 と、その時真田の耳に届いてはならない音が聞こえた。 銃声だ。 「神父様あああ!」 真田は銃声の音源へ向かい全速力で向かった。片手にソーコムピストル のグリップをしっかりと握って。 「恭介・・・来ちゃいかん。」 「神父様!」 ダイジ神父は腹部からドクドクと流れ出る血を止めようと手で押さえ ぼろぼろになった床に倒れていた。神父の後ろにはまだ硝煙を昇らせている 銃を握った金髪のヨーロッパ系の男が口を歪ませたっていた。 「き、貴様は!」 「久しぶりダナ?Mrサナダ。」 眞田は金髪の男の名を知っていた。元L・AのSWAT隊員、真田達が 一度だけ戦った男。 「ギャン・キャドリック!!」 真田がその名を叫ぶとギャン・キャドリックは銃口をゆっくりと真田に 向けた。 ●第十二章・ハイエナ ギャンは銃口をゆっくりと向けるととても 丁寧な日本語で喋り出した。 「ナゼ俺が来たか、分かるナ?」 真田は沸沸と沸き上がる怒りを押さえ込んだ。 鋭い視線をギャンに浴びせる。 「ある組織に雇われタ。オマエとその仲間たちを 全滅させろとナ。」 「アンブレラだろうが!?このゲス野朗!! ぶっ殺してやる!」 ソーコムピストルを素早くギャンに向けると ギャンは手にしているオートマチック拳銃ベレッタM92F の照準を真田から床に倒れているダイジ神父へ変えた。 「おっと、拳銃を捨てろ。さもないとこの老いぼれが死ぬ事に なるガ。」 「恭介・・・逃げるんじゃ・・・。恭介ぇぇ。」 真田は銃を仕方なく銃を床に落とした。ギャンは依然と銃口を ダイジ神父に向けたままだ。それを動かそうとする気配もない。 ギャンは口元で何かをぶつぶつと呟いている。よく見ると ギャンが来ている黒のスーツの背広に補聴器のような物が取り付 けられているのが確認できた。雇い主に報告をしているのだろうか? 「さっさと銃を俺に向けろ!」 「慌てるナ。今、応援を呼んでいる所ダ。あと数分で警察が到着すル。 例のテロリストが老人一名を殺したとナ。」 パーンと乾いた銃声が轟きダイジは頭を撃ち抜かれピクリとも動か なくなった。撃ちぬかれた所はぽっかりと穴が開き中から濃い紅紫 の液体がドクドクと流れ出ている。 「き、貴様あああああああああ!」 「それと、老人を殺したテロリストも自分で頭を撃ち自殺したとも 伝えタ。」 今度はM92Fが真田の顔に向けられた。電灯に照らされ先端が鈍く 光っている。 ・・・ちくしょう!殺す殺す殺す殺す殺す!! 真田は歯を食い縛りながら心の中で何度も叫んだ。ひたすら殺意を 目の前の敵に送りながら。 「終わりだナ。以外と呆気ないものダ。これしきの連中にカオス達は てこずっていた訳カ。・・・・・・死ネ」 もう一度M92Fが強暴な鉛玉を発射した。 ・・・見える!! 真田の目にはその弾がテレビのスローモーションの様に止まっているか のように見えた。ゆっくりと、ゆっくりと弾が迫ってくる。 ・・・死ねない!まだ死ねない!! 真田は弾道を読み切り態勢を低くした。弾が真田の髪を掠め、髪を 数本浚っていくのがはっきりと見えた。弾を避けた真田は床に捨てた ソーコムに飛びつくと唖然としているギャンに向けトリガーを三度引 いた。ギャンも弾道を読み切り、細長い椅子と椅子との間にダイブした。 弾は天井のステンドグラスを突き破り空へ抜けて行った。 七色の鮮やかなガラスが二人に雨のように降り注いだ。 真田はすぐさま教壇の机の影に隠れ態勢を整え、一気にギャンが潜んで いる椅子に向かい撃った。ただひたすらトリガーを引いた。 椅子が粉々になり、残骸となって宙を舞った。 盾を失ったギャンは柱の影に走りこむと、身を乗り出している真田を 狙い撃った。これも真田にはあたらず後ろのパイプオルガンへ着弾した。 パイプオルガンが不協和音を奏でた。その音に驚いたのか屋根で羽を休ま せていた白いハト達が教会の中へなだれ込んで来た。 「やるじゃないカ!オレとした事がついビビっちまったゼ!!」 「阿呆が!ギャン!貴様は必ず殺す!」 「無理だナ!あと一分ほどで警察のお出ましって訳ダ!お前に勝ち目は なイ!!」 真田は弾数を確認した。今、銃に装填されている弾は恐らく三発。 マーグポーチに二四連マガジンが入っているだけで満足とは言えない。 今回の戦闘は予期せぬものだった為、鉄爪も持ち合わせていない。 警官隊が到着すれば捕縛される事は間違いないだろう。 ギャンとはあと数秒でケリをつけなければいけない。 「ギャン、警察が来たらお前はどうなる!?銃刀法違反で御用だぞ!」 「残念だったナ。オレはこう見えても現在はFBIで活動中だ。今回も 日本に警察のお偉いさん方から、お呼びがかかったって事になっている んでネ。」 「貴様がFBI?アメリカもヤキが回ったな。」 真田は牽制するように数発撃った。ギャンは相変わらず身を隠したままだ。 このまま時間を引き延ばす魂胆なのだろう。 痺れを切らした真田は教壇から飛び出し、椅子の陰にダイブした。その際 にも柱へ向かい銃を撃った。それを撃ったと同時に銃がブローバックした。 弾切れだ。すかさず新しいマガジンと空のマガジンを入れ換えた。 「ハッハー!どうすル?もう時間がないゾ!」 その通りだ。もうギャンを殺している暇などなかった。 今は一刻も早くここから脱出をせねば。 と、突然扉を蹴破り男達がリボルバーを片手に入って来た。 警官の到着だ。 「気をつけろ!椅子の陰に隠れてル!ここの管理人の老人もそいつに 殺されタ!」 ギャンは顔の表情を一変させ、FBI捜査官の風貌へと変わった。 警官達はギャンの傍に駆け寄り、陣形を取った。 そして銃弾の雨が真田を襲った。椅子は徐々に削り取られていく。 「奴は拘置所を襲ったテロリスト集団の一味と断定してもいイ。事態は 緊急を極めまス。至急、上層部に報告し特殊強襲部隊を投入させて 下サイ。」 ・・・まずい、SATが出動すれば俺は確実にやられる! まさに絶体絶命だった。周りは大勢の警官によって包囲、もう少し でSATもやって来る。おまけに弾はあとマガジン一個、最悪だ。 真田は攻撃を止め辺りを見回した。どこかに脱出できる道はないのか? あった。真田は昔の記憶を辿った。子供の頃、真田が秘密の隠れ家と 称しよく遊んでいた場所。それは教壇の下から地下に伸びている。 「神父様・・・さようなら・・・。すみませんでした!」 真田はそれだけ言うと椅子から飛び出した。一斉に銃弾が襲う。 弾が体の横をすり抜け、時折体の一部を浚って行く。 なんとか教壇の影に戻った真田は、床をごそごそとあさった。 僅かに手に引っかかる隙間があった。真田は軽くそこを開けた。 はしごが真っ暗な地下へ続いている。 真田は迷う事無くはしごを伝って闇の世界へと降りていった。 はしごを数段降りた真田は、上にポッカリと開いた扉を閉め ライターに火を灯しまた降り始めた。 真田が逃げた事を知る由もないギャンはひたすら銃を撃ちまくっ ていた。 逃げた事を知ったのは別の警官が、ショットガンを放ち 教壇を吹き飛ばした頃だった。 「何をしてた!?俺達あちこち探し回ったんだぞ!!」 「すまない。」 真田がアジトへ着いた時刻は夕方の五時だった。 長尾が真田に早速食って掛かった。 「内藤、あとから俺の部屋へ来てくれ。」 「何があった?」 「ハイエナが現れた・・・。」 「な、何!?」 利行は初めて内藤の驚いた顔を見た。いや利行だけではない。 輝島もミシュキンや他の者達も初めてだった。 運命の歯車が廻り始めた。戦いの時は近い。 作戦開始まであと六時間三四分。 ●第十三章・血の狂宴@ 地下からでは外の様子は全く
分からなかったが、テレビのニュースを 見て日が傾き始めている事を知った。 ニュースでは連日連夜、利行達の事が ひっきりなしに放送されていた。 警察、マスコミ関係者にとっては恰好の ネタであるこのニュースは、よくバラエティ番組 やアニメ番組に被さっていた為小さな子供や 若者には大不評だった。 テレビを見ながら利行は溜息をつき、自分が座っている ソファーの横の机に置いてあるグラスに手を伸ばした。 中身はもちろん朝のようなくそまずい水道水だ。 グラスの底に僅かだが錆のような物が沈殿していた。 利行はそんな事関係なしに水を飲み干した。 見た目も味も朝と同じ最低な出来だ。 どんよりとした気分にさらに拍車をかけたように 思えた。 アンブレラのビルに突入するまであと一時間をきって いた。三十分前から胸の鼓動が徐々に速くなっていってい るような気がした。 ドクンドクン・・・。その高鳴りは利行自身、何の為に 起きているのか分からなかった。悪いのはアンブレラ。 自分はその悪と戦っているのだから、勝つためには何を してもいい。なのにこの高鳴りはなぜ? 『自分の闇と対峙しろ』。今ならこの言葉の意味が分かる 気がした。つまり自分の闇とは心の中にある『罪悪感』 『怒り』『殺意』など後ろめいた思い。今、利行は この闇と戦っているのだ。永遠に終わるとも知れない 闘いを。 ・・・自分を正しいと思うな・・・か・・・。 利行は拳を握り締め、高ぶった気持ちを抑えようと 息を一度吐いては一度吸った。それからソファーの背もたれ に身を任せ目をゆっくりと閉じた。 「ハイエナ、奴が現れたか。」 内藤はまぶたを閉じ、ニ〜三秒何かを考え目を開けた。 視線を手に握ったコルトガバメントからゆっくりと やや埃の被った四角い灰色の机に向けた。真田はうっすらと パーマのかかった髪を手でかきあげそれから『ああ』とだけ言った。 それを聞いた内藤の黒い瞳が徐々に濃さを増していき 鋭い眼光を銃に注いだ。それからグリップをよりきつく 握り締め『クソ野朗』と囁いた。この『クソ野郎』の意味 を真田は知っていた。この内藤影児は自分のより多くの 仲間を同じ仲間によって消されたのだ。それは 十年前。まだ内藤がテロリストとしてではなく市民に愛され 慕われていたSWATだった頃の起きた惨劇。 「どうするんだ、内藤?お前はもうあの時の事は忘れたか?」 内藤は銃を握り締めたまま言った。 「忘れた。もうあいつの事は出来るだけ思い出したくない。」 真田の位置からは内藤の表情を伺う術がなかったが、何となく 分かった。内藤は奥歯をぎゅっと噛み締め、なんとも言えない怒りと 闘っているという事が。 「内藤、お前の復讐など俺には興味ないがお前は奴を殺らないというの なら俺がやるぞ。奴は俺がガキの頃によく世話してくれた大事な人を 殺した。必ず復讐するぞ。」 「ああ、好きにしな。俺には・・・」 内藤はそこで言葉を切った。真田は半ば怒りを伴った感情を持って その部屋から出ていった。ドアをガシャンと閉める音が内藤の耳に はっきりと聞こえた。それから、 「関係ないな。」 と言葉を付け加えた。 午後十一時00分 東京湾第三埠頭 港にはいつもより少し強く風が吹いていた。風向きは西から東、空に はやや厚みある雲が広がっていた。 「いいな、行くぞ。」 真田が号令をかけると全員が、一言も喋りもせずバンへ乗った。 利行は車内へ入ると早速、グロック17を見た。 銃口が鈍くキラリと光った。三十分前に見たTVの週末星座占いに よれば今週末の利行の運勢は一位。その占いから内容を引用すると 『今週末は、健やかな休日がおくれそう。金運、恋愛運もUP!何を やってもうまく行くから気軽に友達、彼女と出かけてみれば?』とまあ 利行にとっては嫌味な程関係ない物だったが。 人を殺す。利行は変わった。一課で刑事をやっていた時とは確実に 変わっていた。あれほど抵抗があった殺人という行為にもなんの拒否感 も抱かなくなったし、なにより彼の瞳の奥深くに轟々と燃え盛る漆黒の 炎が宿っていた。 「ミシュキン、行くぞ。」 真田が運転手に座ったミシュキンに伝えた。利行がシートに体を埋める と車が音をたてる事もなくゆっくりと動き出した。 窓からうっすらと月光が斜めに入り込みメンバーの顔を照らした。 斜めに入った光は今まであまり会話を交わす事もなかった坂部の厚みの ある唇も照らし出していた。それまで全く変化を見せる事などなかった 唇が僅かに引き攣った。利行の目には坂部が笑ったように感じたが、表情 は闇が覆っていて分からなかった。 「着いたか・・・。」 長尾が溜息と共に言葉を発した。前方には闇にぼーっと巨大なビルが その姿を露にした。アンブレラ日本支部東京本社総合管理センタータワー。 上は六十階、地下は十三階まであるその超高層ビルは全体から只ならぬ 圧迫感を出していた。このビルは日本の各都道府県に設置されている アンブレラの営業収支、開発した製薬の詳細なデータや人事の管理などの 情報を整理、保管したり、新薬開発時の記者会見などに使われているが、 それは一般的に公表されている事であって、裏ではこの国の何処かにある 違法生物研究所で製造されている生物兵器そしてそこの研究員の 人事などの超極秘の情報を管理している。 当然、警備の方も厳重でアンブレラ独自の警備会社がそれを担当していると 利行は聞いている。 車はゆっくりと聳え立つビルの入口の前に止められた。 「ミシュキン、お前は例の場所で待機してろ。」 「はい。」 「行くぞ。」 全員が車から出るとミシュキンを乗せた車は闇夜へ消えて行った。 真田はブラックコートの内ポケットにソーコムピストルのマガジンを忍ばせ ショルダーホルスターに銃を差し込んだ。 長尾は右肩に黒い無地の大きなボストンバックを背負った。 内藤はソフトギターケースを手にしていた。利行は中身が何なのか知る由も なかった。 輝島はいつもと変わらぬ表情で月を見ていた。出発した時より雲が多くなって きて月は絶えず見え隠れしている。 「月が綺麗だ。血で染めるには惜しい夜だな。」 輝島がぼそっと呟いた。血で染める。彼は確実に今夜、人を殺す事を 予感していたのだろうか? 風が時折、勢いよく吹き乱れメンバーの髪を弄んだ。 回転式の扉を開け、吹き抜けになているロビーへ入った。 ロビーの中央に置かれた机に座った警備員の太った中年の男がすぐに疑惑の 目を向けたのが分かった。 カツンカツンと歩く度にコンバットスーツが床を鳴らした。 「すみません。今夜はもう閉館となっております。また明日お越し 下さいませ。」 「今日二五階のエアコンの修理を頼まれていてね。多忙でこんな 時間になってしまったんだ。」 真田がそう言ったが、警備の男は信用するわけもなく『お引き取り下さい』 の一点張りだ。エアコン修理の為やって来たというブラックコートを着た 男達常人なら信用するわけもなかった。 「お言葉ですがその鞄は?」 男は長尾達が抱えている荷物を指差した。 「なになに。只の・・・。」 長尾がわざとゆっくりとファスナーを開け鞄に手を突っ込んだ。 「プレゼントさ。」 ダダダダダダと耳を劈くような銃声がロビーに響き、男は悲鳴を上げ くるりとダンスを踊る様に一回転をして、机の上にうつ伏せになって 倒れた。男の胸の辺りを中心に赤い円が机に広がり始めた。 長尾の右手には硝煙を昇らせるドイツH&K社のMP5クルツが握られ ていた。 「東、システムを管理している四十階へ向かうぞ。輝島と嘉川は俺に ついて来い。お前達、無線を付けろ。チャンネルは1:034だ。」 内藤と嘉川、東以外はコートから小型の無線機を取り出しコードで 繋がったイヤホーンを耳に取り付けた。 「坂部と長尾はここで待機。リーと西田は、ビルの内部を巡回して 不信なモノはないかチェックしろ。内藤は屋上へ向かえ。」 坂部と長尾を残し、五人は高速エレベーターに乗り込んだ。 真田が四十階のボタンと屋上のボタンを押した。 ランプが黄色く点灯する。 コーと体の下から重力に押され、内臓が突然消えうせたような気分に なった。伊達に世界最速のスピードを持つエレベーターではない。 十秒も経たない内に四十階に到着し扉がゆっくりと開いた。 利行達の視界には誰もいないシーンと静まり返ったオフィスが飛び込んで きた。天井や壁は、殺風景なメタリック調のタイルで覆われていて、職員達 が座る椅子も簡単に作られたパイプ椅子だ。観葉植物を左右を囲まれている 自動販売機の光だけがチカチカと灯っていた。 利行達四人がエレベーターから出ると、そのまま内藤は屋上へ向かった。 真田は内藤に気をかけることなく僅かの狂いもなく整理された机の間を縫う ように歩みを進めた。 少し歩くと厳重なカードロック式の装置がついた扉が見えて来た。 目当ての物はこのなかにあるらしい。すぐさまに東が鞄からノートパソコンを 取り出しコードを装置に繋げた。 ウィンドウを開きデスクトップに置かれているコンピュータウィルス『へヴン』 を起動させた。バイオハザードのマークが浮き出て、装置へのハッキングが 始まった。(並のセキュリティーシステムならばウィルスを使用しなくとも東の 腕で解除できるのだが、この装置は今世界で最も進んだセキュリティー システムを開発している事で有名なジョイテック社の最新システムを 搭載している為仕方なくウィルスを使用した。) 「ジョイテックの最新システムだろうと何だろうと!天才ハッカー東小次郎の 最高傑作『へヴン』に突破できねえシステムはねえぜ!」 ウィルス送信準備中のメーターが一杯になりビービーと警告音が鳴った。 「『へヴン』・・・行けー!」 東がEnterのボタンを押しウィルスが送信された。この『へヴン』の能力 は並みのコンピュータウィルスを遥かに凌駕している。送信されたウィルスは すぐにメインシステムに侵入し予め決められたプログラムにそれを書き換える。 つまり東が『へヴン』に組み込んだプログラムはこうだ。 『全セキュリティーシステムを解除。警報装置をすべて無力化に。実行後消滅』 あっという間にシステムを突破しプログラムを書き換えた『へヴン』は、 プログラムの波の中でその命を絶った。 ガチャ、と何かが外れる音がした。真田がカードロック装置の横に付いている 端末を操作し扉がゆっくりと開いた。 扉の奥には大きなチタン製の机の上にデスクトップパソコンが一つ置いてあり、 四方から照りつけるライトによってそれだけが不気味に浮かんでいた。 「東、もう一仕事頼むぞ。」 「任せてくれよん。研究所の詳細な所在地が入力されたデータを盗めば いいんだろ?・・・楽勝だぜ!」 東はすぐにパソコンの前に置かれた椅子に座りそれを起動させた。 ROPLSという文字の後にアンブレラのロゴが浮き出た。 それをスキップさせると『パスワードを入力して下さい。』という文字が出た。 東はそこに『UMBRELLA』と入力してみた。エラーの文字がすぐに返って来た。 次は『T-Virus』と入力した。これも結果はさっきと同じだ。 「リーダー、こいつはメインのセキュリティーとは全く独立した構造になって るみたいだ。『へヴン』を使おうにもプログラムをもう一回組まなきゃならない し・・・。ちょこっとばかり時間がかかると思ってくれ。」 「分かった。」 真田がそう言った直後だった。耳に付けられたイヤホーンから坂部と長尾の 声が聞こえてきた。 かなり慌てている様子で時折ドパパパとMP5クルツ独特の銃声も聞こえる。 「どうした?」 『どうもこうもあるかよ!サツだ!何処で嗅ぎつけたか分からんがすごい数だ!』 長尾の報告を聞き、はっとなった真田は窓に駆け寄り下を見下ろした。 いつのまにか何十台ものパトカーが集まっていて警官達がそこから次々に 降りてくる。 真田達がいる四十階からはパトカーのサイレン音など聞こえるわけが なかった。 しかしなぜだ?真田の頭に疑問が過った。作戦は完璧な筈だ。 警備員が通報したとも思えない。 (このビルは警備が厳重と言ったが、それらはすべて機械に 任せていて警備員はコスト削減の為大幅に縮小してあった。) 考えられる事は一つ。東が完璧に無力化したと思っていたセキュリティーが 復活、それで警察に連絡したか・・・。 もう一つは考えたくもない裏切り者の存在。 いずれにしろ事態は緊急を要する。 「長尾!何とかそこを確保しろ。」 『OK!!』 「リー!西田!聞こえるか!?」 『きき、聞こえる!』 西田もかなり慌てているようで口調がおかしい。何とか落ち着いたようで 状況を説明し出した。」 『かなりの警官が到着してる!ヤバイぜこりゃあ!』 西田が慌てふためいている中、外から大声で(拡声器を使っている)何か を言っている。真田は窓を開け耳を傾けた。 『テロリストグループに告ぐ!お前達は完全に包囲されている!大人しく 投降しろ!!』 真田は利行の顔を見た。利行は無言で首を縦に振った。 ●第十四章・血の狂宴A 真田は、ブラックコートの内側に手を突っ込み、その中からサイレンサーが
装着されたソーコムピストルを取り出した。 真田の様子を見ていた利行も、コートの中からグロック17を 取り出し、右手で握った。 「東!俺達が下まで行ったら、全館のエレベーターの電源を落とせ。 何かあったら 連絡する!自分の身は・・・」 「こいつで、だろ?オーケイ、オーケイ。天才、東小次郎に任せろって!」 パソコンの前に座った東は、MP5A5サブマシンガンを頭の上で 振りまわしながら言った。 「風が収まってきた、ヘリを使うには万全の天候ってわけだな。」 輝島は窓を開け、上空を見上げながら静かに呟いた。 「輝島、下は俺と嘉川で充分だ。お前の役目は・・・分かってるな。」 「分かっている、警察が来る理由は只一つだ。俺はもう刑事じゃない。 一人のテロリストだ・・・気の毒だが、邪魔する奴らに容赦などせんよ。」 輝島が毒づくように言った。利行は、その声に一瞬ドキッとした。 今まで聞いたことなかった輝島のその、冷たい声。まるで。感情がこもって ないような、否、感情を捨てた鬼人のような印象を受けた。 「嘉川、俺達は下へ行くぞ。長尾達だけじゃ戦力的に問題がある。 それに警視庁ご自慢のSATが登場するはずだ。」 「わ、分かった。」 利行はそれだけ言うと、グロックのスライドを引き初弾を装填した。 気分が、次第に高揚してくる。あれだけ抵抗があった人殺しと言う言葉、 もうそんな甘えは通用しない。殺すか、殺されるか。涼子の仇を討つまでは 決して死ぬわけにはいかない。 グロックを右手に持たせたまま、真田がエレベーターに向かい走るのを 目で追いながら自分もそれに続いた。 「ちっ、平和ボケしたバカ警官どもが!俺達の相手になるかよ!」 警備員が死んでいる机の影に隠れながら、長尾は言った。 激しい銃弾が机を段々と削り落としたいく。もう、長くは持たないだろう。 長尾は太ももに装着したマグポーチからMP5クルツのマガジンを取り出す と、慣れた手つきで空マガジンと交換した。 視線をクルツから右にある、鉄筋製の柱に隠れている坂部へ移した。 坂部は、警官からの銃撃が一旦停止するとすぐに柱から上半身を出し、 手に持ったアサルトライフル、AK47を構えその引き金を絞った。 AK47から発射された数発の高速弾は、正面玄関の割れた窓ガラスの 向こうにある、数台のパトカーに命中。 その内の一台のガソリンタンクに命中したらしく、爆音とオレンジ色の炎を 撒き散らしながら吹き飛んだ。 その際、そのパトカーを盾にしていた警官数人が巻き込まれたらしく 叫び声が聞こえた。 一斉にそこに集まっていた警官、パトカーが後退を始め、ようやく前哨線は 終わりを告げた。 長尾はほっと安堵の息つき、床に転がっている五つの空マガジンを すべて、玄関の方へ投げ飛ばした。 カラン、カラン、とようやく一時の静けさを取り戻したロビーに響いた。 坂部もAK47のストックを床につけ、長尾の顔を見ながらにやっと笑った。 前哨線は終了、だがしかし、そんな生易しい連中じゃない。 恐らく勝負は次の第二ラウンド。 こちらの武装が想像以上に強力と判断し、SATが確実に登場してくる。 長尾はクルツをコートの中へしまうと、横に置かれたバックから鉄の塊に グリップを取り付けただけのような不恰好なマシンガン、 イングラムM11サブマシンガンを二梃取り出し、両手で握った。 「坂部ー!どうだ?久しぶりの戦闘はー!?」 坂部は、首を左右に数回振ると、ややあと返事を返した。 「かなり疲れた。・・・それくらいだ。」 その返事は実に素っ気ないものだった。しかし、長尾には坂部が かなり興奮しているのだなと見てとれた。 と突然、耳に付けられたイヤホーンに声が入った。 『真田だ。今、行く。』 金属で歪んだ真田の声がした。長尾はやれやれといった溜息を漏らすと、 真田に向かい皮肉ぶった声で言った。 「リーダー、警官どもは俺らが蹴散らしてやったぜ。どうだ?ご満足かい?」 くぐくもった真田の声がした。しかし、声の中にノイズが混じり何を 言っているのかは不明だった。 「リーダー?もう一度頼む、何言ってるのか、全然わからな・・」 その時だった。長尾の言葉が言い終わらない内にガラスが叩き割る音が 聞こえ、長尾と坂部がいる場所の丁度、真中に白い煙を放つ直方体の 筒が転がってきた。 催涙ガス!そう判断した長尾と坂部は後退を余57$J$/$5$l$?!# しかし、だ。 相手はそれすら、許さないようでガスマスクに、黒のタクティカルスーツを 着た男達がサブマシンガンを構え、突入してきた。 間違いない、その洗練された動きは普通の警官ではない、特殊急襲部隊、 SAT。 遂に、あのエリート特殊部隊が行動を始めたのだ。 「チッ」と長尾が舌打ちをして、両手に持った二梃のイングラムの安全装置を はずし、坂部とは反対の柱へ転がりながら移動する際に、 その引き金を絞った。 ぱらららと、一種のタイプライターのような銃声がして、何人かのSATの 隊員に命中した。 視界の端に、その撃たれた隊員の姿が映ったのだが、そいつは倒れる事 無く手に持ったMP5A5を長尾に向かい撃った。 それから放たれた弾は、運良く長尾から逸れ床にチュンッと軽快な音をたて 着弾した。防弾チョッキだ。 長尾はまた舌打ちをして、両手をクロスさせ、二つのイングラムの銃口を SAT隊員の顔面へ向けその引き金を二つ同時に絞った。 催涙ガスで白く濁った空気の中で、長尾の顔が、銃口から吹き出る火花で 照らし出された。 イングラムの弾丸は真っ直ぐに飛び、マスクの中にその姿を隠している SAT隊員の顔面を直撃した。 マスクと、その隊員の顔面の肉が方々に散らばり、小奇麗な床を染めた。 ほっと溜息をつきたかったが、敵さんはそうさせてくれないらしい。 誰かの怒号が飛び、それに続くようにして長尾を鉛玉が襲った。 長尾はすかさず身を翻し、それをかわすとエレベーターを挟むようにしてある 警備室に向かい、一気に走り出した。 その際に、坂部が倒したと思われる隊員の死体の傍らに落ちてい ショットガンを拾い上げると、イングラムを捨て両手でそれを構えた。 「死ね!」 ショットガンの銃口がうねりと火花を散らし、見事、正面でMP5A5を構えていた 隊員に命中。 胴体へのダメージは何とか防弾チョッキで回避したのだが、ショットガン、 散弾の性質ゆえ、両手などは防御できなかった。 衝撃と両手に走った激痛で、その隊員は体を反り床にばたりと倒れた。 次弾装填。フォアエンドを後退させ、新たな弾を詰めなおした後、もう一度 狙いを定めトリガーを引いた。 今度も命中、とはいかず、弾は狙いを付けた隊員の右、壁にかかった時計に 当たった。 「全く!」 飛んできた鉛だまを、まるでダンスを踊っているかのように、くるりと体を 一回転して避け、ブラックコートの中に突っ込んでいたクルツを取り出し、 坂部とは対角線上 に位置するところにいる隊員に向け、細かな狙いなど付けず闇雲に撃った。 クルツはどぱぱぱぱ、とホール中に独特な銃声が響き渡らせ、 何人かの命をもぎ取った。 「いけすかねえぇぇぇ!」 すかさず右手で持ったショットガンを上下に振って弾を装填し、 そのまま片手で隊員の顔面へ向け、撃った。まるで風船のようにその 隊員の顔面ははじけとび、周りの者 たちの注目を集めた。 「野郎どもだ!!」 最後の一太刀といわんばかりに、高々とジャンプして、近くにいた 隊員の顔面を勢い よく蹴った。 「うぐお!」と声を漏らし、その隊員は呆気なくその場に伏した。 長尾ははーはーと息を乱しながら、倒れている隊員を見下ろした。 「ショットガンは気にくわねえぇ。」 右手にだらんとぶら下げたショットガンを勢いよく、床に叩きつけた。 敵もだいぶ減った。まずは一息ついた、というところか。 それでもSATの連中はまだ、ゾロゾロといる。 「坂部!撤退だ!もうもたねえ!」 坂部は身を屈め、マガジンを交換させながら叫ぶように返した。 「あー!同感だ!この数、とてもじゃないが相手にしきれん!」 「ああ、そうしよう!」 二人は凛とした声に驚き、後ろを振り返った。 エレベーターの扉が、ガガガー、と歪んだ音をたてながら開き、 黒いシルエットが そこから飛び出た。そのシルエットは宙に軽やかに直線を描きながら、 起き上がろう とした敵の頭に強烈な蹴りをぶち当てた。 その黒いシルエット、拳から生えた鈍く光る鋭利な爪、真田だった。 「長尾、坂部、お前達は上へ行ってろ。西村とリーは、もうエレベーターの中だ。 嘉川、お前も行ってろ。気が変わった。ここは俺一人で充分だ。」 「しかし・・・」 「早く行け。ここでお前達に死んでもらっては困るからな。」 嘉川が止めるのも聞かず、鉄爪を振りかざし、真田は出口の方へどんどん 進んで行く。 「俺たちは、お前に死んでもらっちゃあ困るんだよ!」 「何度も言わせるな!俺は死なない、いいから早く行け!」 真田は三人に言い、ロビーには真田一人が残された。 敵の数はざっと見て五人、その内の二人が傷を負っている。 蹴散らすのはたやすい、 と思われた。しかし、だ。真田はそのSAT隊員たちがいる場所の向こう、 パトカー が集団で止まっている場所に、恐ろしく冷たい氷の様な殺気があるのに 気づいた。 それはじっと真田を見つめ、その殺気を彼にぶつけている。 「そこにいるんだな?カオス。」 真田は留置所と同じ殺気をそこに読み取り、すぐさまにそれがカオスだと 悟った。 こんな冷たい感じ、カオスしかいない。 「撃てー!!」 SATの一人が号令を発した。隊員たちの顔が、銃口から吹き出る火花で 浮きあ がると、一斉にサブマシンガンの九ミリ弾が真田を襲った。 真田は近くに転がっていた椅子を踏み台にして、高々と飛びあがった。 上空から見下ろすと、SAT隊員の顔が唖然としているように見えた。 最高点に達すると、ひらりと身をよじらせ、隊員の一人に爪を向け、狙いを 定めた。 ぼーと真田を見上げているのを尻目に、真田は鉄爪を勢いよく振り下ろした。 振り下ろされたその鉄爪は、その隊員のタクティカルベストを易々と貫いたのだ が、防弾チョッキがそれを食いとめた。零距離だったので、そいつの洗い息遣い がつぶさに真田の耳に届いてくる。 「安心しろ、楽に殺してやる。」 真田がそいつの耳元で、小さく呟くと、マスク越しに「ひっ!」という声が漏れた。 真田は慣れた手つきで右手に握ったソーコムピストルを、マスクに押し当てて、 引き金を三度絞った。 パスパス、と空気が抜けるような音が三回鳴り終わる頃には、その男の命は遠 い世界 へと旅立っていた。 すぐにその真田を殺そうと弾丸の雨が降り注ぐ。そんなもので俺は殺せない、と 言わんばかりに笑みを浮かべた真田は今殺した隊員の体を盾にして、その銃弾 を 全て防いだ。激しい衝撃で、死体がなんども痙攣した。 「ふん!」 死体が未だに握り締めているサブマシンガンのグリップを取り、引き金を引きなが ら 残っている敵の集団へ向けた。 ダダダダダ、と空気がしなり、殆どの弾は隊員たちが身に付けている防弾チョッキ を かわし、頭部へと命中した。 沈黙・・・。銃声が収まるころには、それだけがロビーに流れていた。 真田は死体に戸惑うこともなく、目を閉じ、精神を集中させた。 ――――いるんだろ?こっちもお前を探している。さっさと出てきたらどうだ? 再び沈黙。 ――――そういうことか。ふっ、いいだろう。もう少しゲームを楽しめということ か。 真田は、くるりと身を翻し、エレベーターへ向かい歩き出した。 ●第十四章・血の狂宴B 「こいつは何かの冗談かよ。」
誰かがそう息を漏らした。その言葉を発した者だけではない。 ビル前に集まった全ての警官が目を丸くし、その最悪の状況に 只、唖然とするばかりだった。 「SAT・・・全滅。生存者は佐倉部隊長を含む僅か・・・三人。 ・・・・嘘だろ?こんな事って・・・。」 田宮がこれも唖然とした表情で、震える声を抑えながら片山に 報告した。片山は黙ってこくりと頷くだけで、それ以上、何も 言わなかった。 警視庁ご自慢の特殊部隊、SATが僅かな数のテロリストによって全滅、 全くもって予想外の出来事だった。 さすがの片山も相手の戦力を完全に把握できなかったと言わんばかりに 奥歯を噛み締めている。 そんな片山から神原は視線をビルへと移した。 あんなに綺麗だったロビーの窓が、銃弾で今ではすべて割れ飛んで、 中の悲惨な様子、詳しくはSATの隊員の死体などが浮き彫りになって いる。 胃から気持ちの悪い物が込み上げてきた。 堪らなくなった神原はそこから目をそむけ、秋の夜の冷めた空気を存分に 吸いこみ、気持ちの悪い感覚を抑えこんだ。 ―――畜生、まるで地獄だぜ。 「田宮、県警からの応援は?」 片山が静かに言った。 「あ、はい。現在、千葉県警と神奈川県警のSATが向かっています。 到着はあと数分かと。それとマスコミの方はビル敷地内には入らせない ようにしています。」 「片山現地対策本部長、警視総監からお電話です。」 隣の制服姿の警官が手に持った携帯電話を差し出し、片山はそれを 引き取るように受け取った。 「もしもし、片山です。」 受話器の向こう、電波が悪いのか相手の声がくぐくもって聞こえる。 片山は冷静に、デスクで座っているいつものように冷ややかに言った。 『わたしだ。おおまかな状況は分かったが、敵は?」 「今は何とも。しかしこれだけは分かっています。敵の数は少なくとも 三人以上。現在、SATが全滅しており」 『何だと!?』 電話の相手、警視総監を名乗る男はかなり驚いたようだ。 その声の後ろの方からはざわめき(恐らくは公安や刑事局長らのもの)が 起こっているのがすぐに分かった。 連中が驚くのも無理ないだろう。 何億もの税金をかけ、最新鋭の訓練設備を投入し、何ヶ月もかけて 育成したあのSATが、全滅。 しばしの間、片山がとっている受話器の向こうでは沈黙がながれていた。 神原は片山を見ようとはせず、じっとビルの窓だけ眺めていた。 はるか上空、最上階に近い階で、確かにそいつはいた。 なつかしいその顔、表情までは分からなかったが輪郭などで、確かに そいつだと神原は判断した。 ―――――嘉川利行。御堂、富樫殺人の容疑で指名手配中の嘉川利行 が確かに、そこにはいたのだ。 「嘉川・・・!!」 神原はそう呟いた後、いつのまにか駆け出していた。 頭の中では危険だ、と分かっている。しかし体と心が全くいうことを 聞かなかったのだ。 背後から片山や仲間たちの静止の声、左右からは何本も手が伸びてきた が、神原はすべて振りきり、ありったけの力でビルの中へ向かった。 「神原ー!・・・チィッ!」 神原をひき止められなかった布袋も、腕にはめた包帯を投げ捨て、 ホルスターから拳銃をとりだし、右手に構えると神原の後を追った。 ―――――聞き出してやる!嘉川!お前がなんで、あんなクソヤロー どもに手ぇかしてんのか、絶対に聞き出してやる! 無我夢中だった。今の神原の頭には、それしかない。 折り重なる怒号、パトカーのサイレン音さえ聞こえなかった。 ビルへ近づく度に、強烈な死臭が、激しい嘔吐感が増して行った。 しかし、そんな事は言っていられない。 自分は利行に会わなければならない、会ってすべてを聞き出さなくては ならない。 長年使ってきたスミス&ウェッソンのチーフスペシャルM36のグリップ をしっかり握り、ビル内へ突入した。 まず目に入ったのは勿論、屍と化したSAT隊員たちだった。 殆どの者は防弾チョッキの性能上(幸か不幸か)、顔面を潰され、まだ 湯気をうっすら立ち昇らせる血だまりを作っていた。 あと目に付くものとすれば、ボロボロになったビルの内装か。 「こ、こんなひでえ事を・・・あの・・・嘉川が?」 またあの焼けつくような嘔吐感が・・・いや、既に慣れていた。 神原はきりっとした視線をエレベーターに向け、足を進めた。 エレベーターのボタンを押すが、反応がない。 電源を切っているのだろうか。 仕方なく視線を泳がせ、階段を探す。 「階段ならあっちだぜ?」 「え!?」 神原は突然の声に驚き、後ろを振り返った。 そこには、片腕の包帯をはずし、右手にだらりとリボルバーをぶら下げて いる布袋の姿があった。 「お、おっさん!!」 「神原、お前は嘉川があんなになっちまった理由知りたいんだろ?」 「え?」 「ふっ、それは俺もだよ。あいつが警視庁に入った頃から俺はずっとあいつ をみてきた。あいつはわけもなく、こんな殺人を犯す奴じゃない。俺は あいつの口から真実を聞き出す、聞き出さなきゃならんと思った訳だ。 神原、俺もあいつを信頼している人間の一人だ。さ、あの小僧から 真相を聞きにいくとしようか。」 「ぶっ、ハハハハハ」 「どうした?何がおかしい?」 「い、いやな。いつもはヤクザみたいにムスッとしてるおっさんが、 ペラペラ喋ってるのをみて、つい笑いが。」 それを聞き、布袋のわずかに緩んでいた表情が一変、聞き込みなどをして いる時の神原曰く、ヤクザのような顔に戻っていた。 「下らん事はいい。階段はこっちだ、早くしろ!」 布袋はせかせかと走って行ってしまった。 「おい、待ってくれよ。へっ!」 神原もグリップを強く握り締めたまま、布袋の後を追った。 内藤は風の収まり始めてきた屋上から、ビル前に集まっているパトカーや 警官をじっと見つめていた。 先程、ビル内に特殊スーツを着た人間が何人も入るのを見た。 只の警官ではない、かつて自分の計画を妨げる存在となった特殊急襲部隊 のはずだ。現に無線から長尾の怒号や、銃声が絶え間なく聞こえていた。 もうその銃声は聞こえない、恐らくは長尾達が退けたのだろう。こちらが やられる、という事は全く内藤は考えていなかった。 これでも内藤は真田達を信頼していた、少なくとも内藤は真田の実力や 彼が白銀の獣に所属していた頃の壮絶なる戦場での体験を充分過ぎるほど 理解していた。 あの真田がやられる可能性は限りなくゼロに近い。 そう考え、内藤はバックから高性能のスナイパーラフル、PSG−1を 取り出すと、初弾を装填するためのボルトを後退させた。 こうしていると、思い出す。ロスでSWATに所属していたあの頃を。 血なまぐさい死体の臭い、硝煙の独特な香り。そして仲間達の怒号や 銃声・・・仲間達の笑顔。 ――――ギャン・キャドリック。 ふと頭にその名前が過った。忘れたんじゃ・・・なかったのか。 『エイジー!逃げろー!』 今は亡き相棒、ウィル・サンドニクス。SWAT時代、最高の相棒であり 最高の友人。それをあの男は、ギャン・キャドリックは。 『エイジー!逃げろー!』 頭の中で響き渡るウィルの声、あの時自分がウィルの言う事に従って いれば、彼は死ななかったかも知れなかった。でも自分は彼の声を聞か ずに。自分が走り出していた時、ギャンは既に自分へ向け銃を撃って いた。やられた!とその時は、無意識の内に悟った。 しかしギャンの銃弾に倒れたのは、自分ではなくウィルだった。 ウィルは自分をかばい、しん・・・。 『内藤、聞こえるか?』 イヤホーンから金属で歪んだ真田の声が届き、内藤の思考は中断した。 「なんだ?」 内藤の声はもう、感情を持たないようなテロリストに変化していた。 『なにか異常はないか!?』 「あー、特には・・・ん?待て。」 内藤ははるか彼方、都心の方からこちらへ向かって飛んでくる、一つの チカチカと光る物体を見つけた。 内藤はすぐにそれが何なのか悟った。 「真田、ヘリだ。いよいよ向こう側も本腰を入れてくるようだ。」 『分かった、東のハッキングももうすぐ終わる。お前はそこで待機だ。』 「了解。」 そそくさと無線を切った内藤はゆっくりと、コンクリートの地面に寝そ べり、PSG−1のストックを肩に当てそれを構えた。 いつでも発射可能、というわけだ。 風が強みを増してきた、が内藤の射撃には全く問題はない。 真田からの指示があれば、即座に目標に百発百中命中させる! 「東、ハッキングの調子は?」 長尾の急かす声を無視するかのように東は黙々とキーボードを叩いている。 東がそれを叩くたびにノートパソコンに羅列された#やら$やらの表記が 次々と消えている。 プロテクトの解除が進んでいる証拠だ。それでもまだ、プロテクトを表す 記号は数えきれない程ある。 さすが最高機密を守るプロテクトだけのことはある。 並のハッカーやプログラマーではこのプロテクトは恐らく解けないだろう。 かなりの実績、腕を持っていたとしても、かなりてこずる事は間違い無い。 「東、聞いてるのか?ハッキングのちょう・・」 「うるさいな〜、長尾!少し黙っててくれないか?お前も人殺す時くらい 集中すんだろ?俺だってすんだよ!分かったか?」 「あ、ああ。分かった。」 長尾は渋々といった表情を浮かべ、言葉を切りそのまま黙り込んだ。 普段はあまり暴力的な事は口にしない東がいきなり叫んだことで、結構 動揺したんだろう。 黙ったまま、MP5クルツを持ったままその部屋から出て、デスクの椅子に 座りこんだ。 「リーダー、ハッキングは進んでるぜ。まだ一万項目ほどあるが、パターン は大体掴めたからあと数分前後で完了だ。」 「よし、よくやった。急いで進めてくれ」 「りょうかい!」 それだけ言うと東の表情はまた、真剣なものへと変わった。 もうすぐ終了ということもあって、東のキーを打つ手がさらに早くなった。 東小次郎、天才ハッカーの名は確かに、伊達じゃない。 「真田、傷はないか?」 利行は、しんみょうな顔で真田に語り掛けた。真田は「ない。」とさらり と流すと、利行もやれやれといった表情で視線を握っている自分の銃へと 落とした。 警官やSATとの戦闘など思わぬ事態も発生したわけだが、仲間から死人も 出ず作戦はごく順調に進んでいる、と思われた。現に、警察側の最終兵器で あるSATもほぼ全滅させた。むこうに手は残されていないだろう。 だがしかし、利行の言葉にひっかかる物が残っていた。彼だけではない、真田 もそして、メンバー全員が思っている事だ。 ―――――ユダ、すなわち『裏切り者』の存在。 計画がメンバー以外の人間に伝わると言うことは決してない、あるはずがない。 なのに、警官が到着してしまっている現状。 やはりユダは今、このメンバーの中に。あるいは、別行動をとっている・・・ ミシュキン!そうだ、ミシュキンだ!今あいつは一人で、自由に行動できる。 警察に通報するなどわけない事だ。だが、ミシュキンは真田とは古くからの 戦友で、同じゲリラにも入っていた。彼の言動、行動から見てもよほど真田を 信頼そして尊敬している。そんな奴が―――裏切るのか? わからない。 『こ・・・ない・・・だ。』 不意に耳元でノイズが聞こえ、断続的に内藤のものと思われる声が聞こえてきた 。 ノイズが混じっていて、内藤が何を伝えたいのかが全く分からない。 「聞こえない!内藤、何があった!」 真田は耳にとりつけた無線に手をあて、内藤に向かい叫んでいる。 「内藤!内藤!」 やがて、内藤の声はすべて、ノイズの波の中に消えて行った。 「東!お前!絶対に故障を起こさないよう、整備しとけと言っただろう!」 「わかんねえ、なんでだよ!俺は昨日、徹夜してまでチェックしたんだぜ!? 故障なんてするわけ・・・」 ピー、と警告音が鳴り、ノイズの向こうから男の声が聞こえてきた。 内藤か?と一瞬、思ったが変声機を使っているのか、多少声色が違っていたが 内藤に代わり無線から聞こえてきた声、それは利行や真田の脳裏に焼き付いて いる あの、穏やかでどこか得体の知れない威圧感を放つ、それ。『氷の声』だった。 その氷の声は、淡々と喋り始めた。ゆっくりと、穏やかに。 『久しぶりだな。』 ―――――カオス! 「カオス!貴様ー!」 利行の胸にあの黒い、殺意の塊が浮上してきた。その殺意を堪える事ができず 思わず言葉が漏れた。 『お前達の無線はジャックさせてもらった。もうその無線は使えないぞ。』 「カオス!出て来い!決着を着けてやる!どこだ!どこにいる!」 利行の荒れた口調をなだめる様に、カオスの声がそれに覆い被さった。 『まあ、待て。お前を殺すのは俺じゃない、有能なる日本の警察の諸君だよ。』 「なに!?」 その時だった。利行たちがいるオフィスの窓がサーチライトのようなもので 照らされ、光が全員の視覚を一時的に奪った。そして轟音、おそらくはヘリの ローター音がそれに続いた。 最終ラウンド! それから一秒と経たない内に窓を突き破り、見なれたタクティカルスーツを着た 連中がロープを伝いオフィスに飛び込んできた。ガラスが真新しい白の椅子や デスク、その上に置かれていたデスクトップパソコンなどに勢いよく降り注いだ。 書類や緑の鉛筆、職員の私物と思われる文庫本やタバコなどが同時に 机の引出し から雪崩のように溢れでた。 どぱぱぱぱぱ、MP5サブマシンガンが発射する高速弾の嵐。 ――――ちっ、冗談じゃねえ! 利行はなんとか第一撃を避け、黒のソファーの陰に隠れた。 視界の右端、真田や長尾が机を引き倒し、壁にして、銃弾を防ぐ様が写った。 しかし、鉄製でもない素材の柔らかいデスクが持ち堪えるはずもなく、一瞬で 粉々になり、かすみたいになって方々に散らばった。 なんとか援護を。 そう思った利行は汗で滑るグロック17のグリップをしっかりと握りなおし、 突入したSAT隊員めがけ、撃つ、撃つ。 しかし隊員は倒れない、特殊部隊の必須装備、防弾チョッキがそれを防いだのだ 。 利行の存在に気づいた隊員の一人がすかさずソファーに銃弾の雨を叩き込んだ。 綿だか、鳥の羽根だかが破れたところから一斉に吹き出した。 日本の警察は拳銃を使い、犯人を殺したりはしない、そんな常識はどこへ行った のやら。 とにかく、分が悪い、紛れもない事実だ。 すぐにグロック17が弾切れを起こした。 ポウチに入っているマガジンは・・・あと三つ、敵を一掃するにはいささか 数が足りない。 こうなれば、肉弾戦! 利行はボロボロになったソファーを思いっきり突き飛ばし、その勢いに任せ 拳で隊員の顔面を叩いた。ごきっと鈍い音をたて、そいつのピノキオみたいに 長い鼻がふにゃりと、くの字に折れ曲がり一斉に血が、吹き出た。 態勢を崩し地面に倒れようとした『ピノキオ』の胸倉を掴み、トドメ。 右足で鋭い横蹴りを、同じ長い鼻にブチ当てた。ワーオ、ワンダフル! なんなく撃破、ピノキオは床に寝そべったまま、失神でもしたのかぴくりとも 動かなかった。 急いでピノキオのサブマシンガンを拾い上げ、真田と長尾を襲っている隊員の ウィークポイントである、足や手を撃ち抜いた。内藤の訓練のたまものか、射撃 の腕が随分と向上しているのに気がついた。 真田や長男がぎょっとした顔で利行をみたが、すぐに別方向を向き各々の 武器で撃合った。 「できた!リーダー、終了!」 東が声を張り上げた。一斉に真田や利行の視線が集まり ―――それと同時にSAT隊員のサブマシンガンが東に向けられた。 「東!伏せろー!」 坂部が怒号を上げ、命と同じくらい大切なノートパソコンを両腕で抱え、東は 慌てて机の下に潜り込んだ。直後、チュンチュン、という軽快な音をたて その机が勢いよく火花を散らし、そして今度はなにか割れる音 ―――ガシャーンというガラスを割るような―――が聞こえた、 アンブレラのデータが詰まったデスクトップパソコンが破壊されたのだ。 間一髪、東がハッキングを終了しデータを盗んでいた事が幸いだった。 「ヤローが!俺をパソヲタだと思ってなめんじゃねえ!」 東は机に貼りついた鉄製の板をこじあけ、その中に赤やら青やらのコードの姿を 認め るとその中から一本の赤いコードを引っ張り出し、持っているパソコンに繋いだ。 それから液晶ディスプレイの中心にウィンドウを一つ出現させ、ダダダっとキーを 素早く打ちこんだ。 最後に「イエッス!」と決め台詞のようなものを発し、Enterのキーを叩いた。 するとオフィスの天井に満遍なく設置されたスプリンクラーから、 水が円状に噴き出し―――そう。東が起こした行動はこれだ。 SAT隊員たちが顔にはめたマスクが水に濡らされた、 その為に視界を奪われたのだ。 盲膜となった隊員たちを制圧するのは簡単だ。 真田がこれが機とばかりに、隊員たちの円陣の中に飛び込み、 間合いを詰めた。 あとは真田に持たせたら銃より危険な武器、両のフィンガレスグローブに 内蔵された 鉄爪の出番だ。 一度胸の前でクロスさせた腕を勢いよく振り下ろすと、鈍く光る獣のような 爪が飛び出した。 「う、うわああああ!」 と、突然、予期せぬ戦況になったためパニックを起こした隊員が闇雲に サブマシンガンを乱射した。 真田はすらりと弾丸を避け、違う隊員の体を盾にした。 弾が体(と言っても、ありがたい防弾チョッキのお陰でこの隊員の胴体には 影響なかったのだが)に何度もあたり激しく痙攣を起こした。 「バカめ、殺し合いでパニックを起こす奴があるか。」 利行はその声に驚き、後ろを振り返った。 輝島がすぅっと、手に持ったハンドガンを片手で構え――――パン、パン。 テンポよく破裂音が木霊し、隊員の頭がそれぞれ、 一度だけ左右に大きく揺れた。 頭から赤い液体を飛びちらし、まるでゼンマイを巻ききった ブリキの人形の様に、床に崩れ落ちた。 「遊びは終わりだ、データは手にいれたんだろう?ならさっさと逃げるぞ。 俺達には遊びに使える弾は残ってはいない。それに、いらぬ殺人はなるべく 避けたいからな。」 静かな声だった、それだけ言うと輝島はコツコツと冷たくなった床を 叩きながら、歩き始めた。 「そうだな、よし。地下のボイラー室から脱出する。各自、装備品を整えろ。」 利行はまだ先端が熱いグロックをホルスターにしまい、 ほっと安堵の息を漏らした。 そして、視線を死んだSAT隊員達に向けると『これでよかったのか?』と 自分に問いただした。確かに利行が犯した殺人は、愛していた涼子を殺され、 アンブレラに復讐するためには仕方なかったことだ、いや、だが、しかしだ。 この隊員達にも家族がいた。利行と同じ愛する、 もしくは愛されていた者がいたはずだ。 それなのに自分は、アンブレラと同じように、奪ってしまった。 吐き気がする、そして、強烈な自己嫌悪が利行を襲った。 胸が焼けるような、そんな感じ。 「嘉川、言ったはずだろ?俺達は悪だと。」 利行は顔を上げ、汗にまみれた真田の顔を見た。 「ああ、分かってる。分かってるんだ。」 「ならいちいち、感傷にひたるのはやめろ。アンブレラはクソだ、そんな事は 分かってる。 だがな、そのクソを潰すのは同じクソみたいな連中じゃなきゃ無理なんだ、 絶対にな。・・・この意味、分かるか?」 意味―――か、何となく分かった気がした。 利行はこくりと頷くのを確認した真田も銃をしまうと、少しウェーブがかかった長髪 をかきあげ、輝島の後に続いた。 メンバー全員がエレベーターの前に集結した時、パン! 「止まれ!動くな!両手を頭につけて床に伏せろ!」 破裂音が鳴り響き、利行にとっては懐かしさすら覚える声が重なった。 そして、胸の奥から躍動感がにじみ出て、 「か、神原!?」 エレベータホールのちょうど正面、階下へ続く螺旋階段の踊り場にリボルバーを 構えた神原と、同じように銃を構えた布袋の姿があった。 「ちっ!次から次へと!」 長尾が素早くイングラムを神原たちに向けようとしたが、利行はその手を防いだ。 「ここは俺に任せてくれ、地下ボイラー室だな。俺もすぐむかう。」 「ああ?何言ってんだ、てめえ。」 長尾のどごうをが響いたが、これもまた、利行がとめた。 利行の気持ちを悟ったのか、真田は神原たちを気にする事無くエレベーターに 乗りこんだ。 「嘉川、決着をつけろ。刑事だった、昔の自分に、そして、新しく生まれ変わるん だ。アンブレラと同じクソにな。」 利行は無言だった。真田はふうと深く息を他のメンバーを連れて、ボイラー室へと 向かって行った。 布袋は真田達を追いたそうにしていたが、神原はそんなのには興味がなさそうで、 ただじっと利行の顔を見ていた。 「冗談かよ嘉川ぁ!これは何の冗談なんだよおお!! てめえ、あんなクソ共に寝返り うちやがって!お前は、誰よりも悪を憎む、立派な刑事だったんじゃねのかよ!」 「神原・・・すまない。ホントに・・・・。」 利行の手がグロックをグリップを握り、神原たちに向け―――パン! 三度、炸裂音が響いた。 破られた窓からさし込む月の光が、宙に浮かぶ硝煙の煙を青白く照らしていた。 ●第十五章・血の狂宴C 利行の放った銃弾は一直線に、神原を狙った。 体勢を低くして、なんとかそれを避けた。 熱い、膨張した空気が頭のすぐ上を通り過ぎていった気がする。 「か、嘉川てめぇ!?」 利行は倒れた神原に視線すら向けず、布袋に向かい直進していった。 布袋は反射的に引き金を絞ったが、弾は利行の体をはずれ、エレベーターの扉に 当たり、火花を散らしただけだった。 グロックを右手にぶら下げたまま、大きく体をねじらせ反動を付け、鋭い蹴り を布袋の肋骨の辺りにぶち当てた。「ぐっ!」と、布袋の口から短い息が漏れ 体がよろめく。 ひびでも入ったのか、激痛が全身を通り抜けた。 忘れていた、嘉川の奴、空手五段じゃねぇか。 「嘉川よせ!」 利行が振り返ると神原が自分に向かい、リボルバーを構えていた。 反射的に体の向きを変え、オフィスに乱雑に転がったコンソールデスクの 影に飛び込む。 パン!炸裂音がオフィス中に反響した。すぐに第二撃。コンソールデスクに 銃弾が直撃し、チュン、という軽快な音ともに、机が大きく縦に揺さぶられた。 「大丈夫っすか?おっさん!」 銃を構えたまま神原が言う。布袋は苦痛に耐えながらも、何とか、首を縦に 振った。 「おい!嘉川ぁ!もういっぺん聞くぞ!・・・なんでこんなことする!」 神原の位置からでは、利行の表情を伺うことは出来ない。 それでも利行があの時、そう、あの比留間が殺された現場へ向かうとき、 車内で見せたような、悲しみの目をしているのが分かった。 ただそれは、漠然とした理解だったが。 「神原・・・。」 ようやく利行が声を発した。 「俺にはもう・・・何が正しいとか・・・もうどうでも・・・どうでもいいん だよ。」 不思議とそれは、落ち着いた、穏やかな声だった。 「よぉく、分かったよ、正義なんて都合のいい言い訳でしかないって。」 ―――都合のいい言い訳?なんだよ、ますます訳わかんねぇじゃねえかよ! 一体、この数日間に利行の身に何が起こったというのだ? 「なら教えてくれよー!お前に何があったのか、なぁ、嘉川ぁー!」 「神原・・・お前には、愛する人って・・・いるか?」 意外な質問に驚き、一瞬たじろいだが(多少、自分の顔は困惑の形に歪んで いたかも知れなかった)すぐに答えることができた。 「いる。」、と。 「その人がもし、誰かに傷つけられ、殺されたりしたら、お前、どうする?」 「そんなの決まってるじゃねえか。絶対に許さねぇ、泣いて謝ろうが何しよ うが容赦しねえ。絶対に復讐してやる!」 「それだよ。」 「え?」と思わず言葉が漏れた。 「俺は今、その復讐をしてるんだよ。神原、お前が言った様に、俺は絶対に 許さない。あいつを殺した・・・あいつを殺した奴を。」 その利行の言葉にただならぬ殺意と、底知れぬ怒りが感じ取れた。 復讐・・・今確かに、利行はそう言った。 誰だ、利行は誰の仇を討とうとしている? その時だった。頭にある一人の女性の名がよぎった。 愛する人。氷室。氷室涼子だ。利行の婚約者。確か結婚一ヶ月前で、不運に も交通事故に遭い、この世を去らねばならなくなってしまった女性。 だが・・・復讐だと?彼女は事故で死んだのではなかったのか? 「氷室・・・涼子だな。でも、彼女は事故で死んだんだぞ!それが何で 復讐になるんだ!?」 「言えない。これだけは言えないんだ。俺が誰と闘っているのか。 それを知ればお前も、布袋さんも。周りの人の命だって危なくなるかも 知れないんだ。」 命が危なくなるだと?誇大妄想もいいとこだ。え?じゃあ、なにかい? お前は政府の陰謀とやらと闘っていると?はっ。冗談もほどほどにしろよ。 アメリカのドラマじゃあるまいし。 思わず吹き出しそうになった。 「嘉川、やっぱおかしいぜ、お前。何が危険なんだ!俺からすりゃぁ、 てめえらの方が危険極まりないぜ!」 「・・・いいたい事はそれだけか?」 「な、何?」 「神原、布袋さん。悪いが俺はあんた達を殺して、仲間たちの所へ行かなきゃ ならない・・。」 そこで利行は沈黙した。重い空気が張り詰めていくのが、肌で直接感じ取れ る。 沈黙と静寂が空間を満たしていた。 三人の男の息遣いだけが、オフィスや廊下に流れる。 神原は思った。 今ここで、何としても利行を逮捕しなければならない。これ以上、罪を 重ねる前に。 相手が復讐やらなんやらの為に、こんな事をしているのだとしても、刑事であ る自分はこの男を逮捕しなければいけない。刑事として! 残弾数は、残り四発。予備の弾丸は持ち合わせていない。 この四発で、利行の行動を封じなければ。 布袋の方もさっき、弾を詰め替えてしまったため、もう残りはないはずだ。 やるしかない。 「嘉川ぁ、俺ぁ、刑事として、てめぇを逮捕する!いいか!こいつは警告だ! あと十秒以内に、拳銃を捨てて出て来い!いいか?もう一度言うぞ! あと十秒以内に拳銃を捨てて出て来い!」 パーン!マニュアル通り、天井へ向け威嚇射撃を行った。 弾が鉄筋製の天井に当たり、金属音を発した。 「十、九、八、七・・・六・・・」 神原のカウントダウンが開始された。残り三秒。あと三秒数えて、利行が出てこ なかった場合は・・・。 いや、この時、既に神原や布袋の頭の中では、答えが出ていた。 利行は信念を貫き通す男だ。刑事をやっていた頃、利行はどんなに捜査に 行き詰まろうとも決して諦めなかった。決してその諦めることのない執念が、 何度か迷宮入りしかけた事件を解決に導いたこともあった。 犯人を必ず逮捕する。その信念が今、氷室涼子の仇を討つということに 転換している。 断言してもいい、利行が投降する確率など、0だと言うことを。 「一!」 ある程度覚悟していた。今から自分は利行を撃たなければいけない、と。 「ゼ・・・」 最後のカウントをしようとした時、利行が動いた。 手にもった銃―――拳銃ではない、サブマシンガンだ! 「神原!隠れろ!」 布袋が叫んだ。神原はオフィスからガラスを割って投げ出された椅子の陰へ ダイブした。 飛び退きざまに見た、自分がいた場所に、縦一直線に弾着の列が通過するのを。 どぱぱぱぱ。サブマシンガンが咆哮し、今度は布袋を狙った。 すんでの所で階段の踊り場近くにすぅっと伸びた柱に飛び込み、それを避けた。 判断があと一秒でも遅ければ、自分も神原も、頭を撃ち抜かれていたに違い ない。 「くそ!嘉川ぁ!」 神原が椅子の陰から右腕と頭だけを出し、利行が隠れているコンソールデスク へ向け撃った。またも、机に阻まれ、相手に傷を負わせることが出来なかった。 彼我兵力差がありすぎだ、数ではこちらが勝ったとしていても、向こうは 死亡したSAT隊員の数だけ、武器も弾もあるのだ。 正面からぶつかったのでは勝ち目はない。 どぱぱぱ。またマシンガンの咆哮。向こうもこちらの姿がよく見えないのか、 闇雲に撃っているようだ。ほとんどの弾は神原の位置からそれ、自動販売機 や鉢植えなどをめちゃくちゃに、叩き壊した。 ―――間違いない、今の嘉川は刑事なんかじゃねえ!極悪非道なテロリスト だ!殺される! 分速何百発と弾を発射する能力を持つのがサブマシンガンだ。 こんな椅子じゃとても盾になるとは思えない。 かといって、周りには、代わりになりそうな遮蔽物は何もない。 落ち着け、と神原は自分に言い聞かせた。 落ち着いて状況を把握、最善の方法を見つけるのだ。 ―――攻撃は最大の防御。 とっさにその言葉が浮かんだ。隠れていても、いずれは突破される。 それなら、突撃して玉砕! 実に神原らしい考えだった。 神原が椅子の陰から頭を出すと、布袋が感づいたように声を上げた。 「よせ!危険すぎる!」 彼がそんな制止を聞くわけがなかった。拳銃を片手で握ったまま、 隠れていた椅子をけり倒すと、一直線に走りかかった。 コンソールデスクまで、残り三メーターをきった。 はっとした表情を浮かべ、利行も神原が何をしようとしているのか 分かった。 しかし、時既に遅く、神原が利行に掴みかかっていた。 「うぉおおおお!」 気合をかけ、拳が利行の頬を直撃した。 視界が揺らぎ、バランス崩す。 「だああああ!」 今度は肘で、サブマシンガンを叩き落した。 がちゃがちゃと、サブマシンガンは床を転がっていき、割れたガラス の上で止まった。 「ちっぃぃ!」 体勢をたてなおした利行のヘッドバッドが目の上まで迫っていた神原 の顎に直撃、その衝撃のため、リボルバーがどこか遠くへ飛んでい った。 これを機にと、さらに追撃の掌底が神原の顔を捉えた。 ―――このぐらいで! 頭ではそう考えていた。しかし、体の方はそう思っていなかったらしい。 膝が笑い出し、足元がおぼつかない。 かなりのダメージが体全体に浸透していたのだ。 揺らいだ膝が、体重を支えられず、がくりと床にひれ伏した。 「ちくしょーめー!」 もうはや、気力だけが頼りだった。 その気力だけで、膝の笑いを正すと、床に両手を突っ張り、体を 起した。まだゆらゆらと、視界が揺れていたが、その揺れに勢いを つけ、利行の体にタックルをした。 思わぬ反撃に、利行の体を押し倒し、自分もその体の上に覆い被さった。 「嘉川利行!逮捕する!」 ベルトに、はさんだ手錠を素早く取り出すと、利行の手にはめようとし たが、利行は膝で神原の背中を蹴った。 その時、一瞬、神原の力が緩んだ。 利行は渾身の力で、覆い被さった体の脇から両腕を引っ張り出し、 よれよれになったスーツの胸倉を掴んだ。 あとは膝の力を加え、一気に巴投げを決めた。 神原の引き攣った顔が目の上を通り過ぎた。 投げ飛ばされた神原は、思いっきり床に落ちた。 ―――駄目だ、嘉川の力なめすぎてた。殺られたな、ちくしょうめ・・・。 神原は瞼を閉じ待った。自分の頭に銃弾が撃ちこまれるのを。 刑事をやっていて、命が危険に晒された事は何度かあった。 職務中に殉職することも十分あり得るだろうと考えていた。 だが、まさか、自分を殺す奴が自分の相棒だったとは。 思った。 ああ、神様。話には聞いてたが、なかなかやってくれるじゃないか、俺には こんなラストがお似合いかい? また思った。頭に浮かんだのは恋人の、恵美の顔。 へへ、恵美ゴメンな。俺、もうお前に遭えないや。そういえば来週の土曜、 誕生日だっけ?ああ、ホントに、ゴメン。 また思った。 オヤジ、オフクロ。俺、明日の新聞に載るわ。正義の刑事、テロリストに 撃たれ無念の殉職、ってな。 人間、死ぬときは、今までの人生が走馬灯の様に浮かぶというがどうも、本当 らしい。 利行、お前が何考えてるか俺にはわかんねぇよ。でも、俺はお前にとっちゃ その程度の存在だったのかよ。なんか悔しいよ。俺、お前の事救ってやりたか ったのに・・・・。 「さぁ、殺せよ・・・嘉川・・・。」 だが、いつまで経っても何も起きない。 どうしたんだ、と思い、ゆっくりと瞼を開けた。 そこには利行の姿はなく、青ざめた布袋の姿があった。 「お、おっさん?」 ゆっくりと体を起こし(所々、打撲や割れたガラスの破片が突き刺さって 激痛が走った)布袋の表情を伺った。 「嘉川は、逃げたよ・・・。」 布袋は親指でエレベーターを指しながら言った。 「だいじょぶか?」 「だいじょぶっすよ、おっさんの方こそ脇腹・・・」 かなり苦痛に顔を歪めたが、やせ我慢をして、親指をぐぅっと立てた。 大丈夫だ、という意味だろう。 「嘉川の奴、お前にトドメを刺そうと思えば出来たはずだ。 でも、奴はそれをしなかった・・・。これでハッキリしたな。嘉川はただの テロリストになったわけじゃない。奴が犯罪に手を染めた理由・・・」 「復讐・・・。嘉川が一体、誰と闘っているのか。俺は知りたい。 あいつの助けになってやりたい。・・・おっさん、手伝ってくれるかな?」 ふふん、と鼻を鳴らし布袋の口元が笑みの形に歪んだ。 「当たり前だ。だが、嘉川を野放しにするというのは駄目だ。今度会う時は、 容赦なく撃てよ。」 「分かってる、分かってるさ・・・。」 その言葉を言った途端、急に目の前の景色や布袋の顔がぐるぐる回りだした。 そこでやっと、自分の肩に銃創があるのに気づいた。 ―――嘉川、死ぬなよ。絶対に。 視界と共に、その思いだけが頭の中で回りだした。 「お、おい。神原!神原!」 布袋の呼ぶ声が聞こえる。しかし、その声をどんどん遠ざかっていき、 やがて消えた。 深い闇が、彼を抱くように取り巻いた。 神原は気を失った。 ●第十六章・血の狂宴D 地上のきれいに整備されたオフィスやロビー(今はめちゃめちゃに壊された机 に椅子、窓ガラス。おまけにSAT隊員の血と死体でコーディネートされて はいるが)とは違って、ほこり臭い印象さえ受ける、ひんやりとした冷たい 地下室。 天井から、綺麗に並べられ、取り付けてある蛍光灯が放つ、くすんだ光が水 でぬれたコンクリートの床を照らしている。 恐らくは地下ボイラー室―――真田たちの脱出経路だ。 そこにあるマンホールから下水道に降り、逃げる―――から、ゴォーと モーターだか、タービンだかの作動音が、低く唸り声の様に聞こえてくる。 ボイラー室とは反対側、真田たちがいるエレベーターホールの右側には、 薄暗い通路が引き込むようにして、百メートルばかり続いていて、その 先は左右、二手に分かれている。 利行を残し、真田は東に無線を直させ(東は渋々といった様子で、その仕事 を引き受けた)内藤を呼び出し、この地下エレベーターホールで待機して いた。 SATとやりあってから、まだ五分前後といったところか。 警察のほうも策が尽きたのであろう。 ビル全体がようやく、本来の落ち着きを取り戻そうとしていた。 もっとも外では、警察やマスコミが、ごった返し、てんやわんやだろうが。 「クソ、肩が痛ぇ」 と、東が愚痴をこぼした。 無理もない。あれだけの防衛システムを、ものの数分で突破するためキー を叩きまくったのだ、それも銃弾が方々に行き交う戦いの中で。 肩だけではない。口には出していないが、そのキーを叩いた指、それに 精神面でも、かなり疲労がたまっているはずだ。 今でもハッキングして入手したデータが入っているノートパソコンと拳銃 が何丁も入ったバックを抱えている。その重量はかなりの物だろう。 「長尾、ちょ、頼む。」 ついに耐えきれなくなったのか、半ば押し付けるようなかたちで、長尾に ケースを持たせた。 「そいつ、めちゃめちゃ大切なもんだから、大切に持っててくれよ。 ふぅ〜。疲れた・・・。」 東はさらりと言った。 長尾の口が歪んだ気もしたが、全然、気にならなかった。 「リーダー、そのパソの中にパクッた研究所の所在地やらなんやらの データが入ってる。デスクトップにショートカット・・・あー、その あれだよ。画面開けば左のすみっこにそれっぽいのがあるから、それ をクリックしてくれ。それですぐ見れっからよ。」 デスクトップ、ショートカット。真田はよほど、コンピュータの知識がない と見られているのか。 それくらいの事は知っている。 取りあえず「ああ」と、返事だけはしておいた。 「う〜ん」と東がうなった。 それから、猫背になりがちなその背中をまっすぐに張り正し、手首の関節を ポキポキと鳴らした。 今ここにマッサージをしてくれる美女がいてくれたら、最高だろうな。 ―――うふふ、小次郎ちゃん。相当、こってるのね。私がマッサージして あ・げ・る。 場違いな妄想も甚だしかった。 「長尾おじちゃん、もうちょっと持っててね。」 おどけた感じでステップを踏みながら、長尾の顔を覗き込んだ。 ぶん殴ってやる。 そんな衝動にかられたが、なんとか堪えた。 今回は、まぁ、東の力がたいへんよく貢献したということで、長尾は文句 ひとつ言わず、静かに「わかった」と言った。 言葉とは裏腹に、表情はかなり引き攣っていたに違いなかったが。 東がまた、鼻をふふん、と鳴らした。 それでも、何も言わなかった。 「来たか。」 輝島が、固く閉ざしていた口を開いた。独り言か。その声量は、とても 小さかった。 ガガー、とエレベーターの扉が開き、スナイパーライフルを担いだ内藤と グロック17、恐らくはSAT隊員のものだったであろうサブマシンガン を握り締めた利行が出てきた。 おそらくは神原たちとの闘いによってできたであろう顔の傷が、とても 痛ましかった。 思わず輝島が目を細める。 「嘉川、決着は・・・」 真田が尋ねた。 「もう・・・迷いなんかない。徹底的にやったさ。」 手にしたグロックを目の前で掲げた。 利行の目、そして、その口調が全てを物語っている。 真田は安心したのか、唇を小さく、笑みの形に歪ませた。 彼はたった今、完全に刑事としての自分を捨てたのだ。もはや、利行は 「こちら」の人間ということに。 何故だろう。 嬉しくもあり、その反面、妙に後悔していた。 【嘉川を引き込んでよかったのか?】 氷室涼子の死の真相を教えなければ、利行は普通に刑事としての生活し、 時が過ぎるにつれて、新たな女性を見つけ結婚、そして子供を作り、家族 に囲まれながら幸せに一生を終えるのではなかったのか? この疑問だけは、大小に関わらずいつまでも解消されることはなかった。 それはやはり、真田の中にある罪の意識というものが、脳に無意識の内に 働きかけてくるのだろう。 真田は横目で利行の顔をうかがった。 相変わらず、右の頬が赤く腫れ、額からはうっすらと血が滴り落ちている。 その時だった。頭のどこかに妙な感覚が走り抜けた。 同時に、背筋を悪寒が通り抜けた。 ひんやりとした気味の悪いものが背中をかすめ、体が僅かに震える。 なんだ?今の感じは? 突然の悪寒に襲われ、しばしの間、真田は身動きが取れなかった。 なにか、なにか悪い予感がする。 何かとてもよくない事態が発生するような、そんな気が。 昔、これと非常によく似た感じに襲われたことがある。 ジャングルで、ゲリラ戦を展開していた時の話だ。 あの日は雨で、見通しも悪く、どこに敵が潜んでいるのか全く状況が分か らなかった。 降りきしる雨の中、真田は、折り重なるようにして入り組んだ木々の間に 身を潜め、じっと、様子を伺っていた。 ふと、空を見上げると、灰色の雲の片隅に、飛行機のランプが点滅して いるのが見えた。 恐らく、旅客機かなにかだろうと思い、気にも留めなかった。 しかし、点滅するランプをじっと見据えていると、全身の産毛が逆立つよう な感触にかられた。 悪寒を感じてから数分後、近くに潜んでいた敵の手榴弾による奇襲攻撃に 遭い、部隊の大半が全滅。 生き残った真田も全治数週間と言う重傷を負った。 似ている、非常によく似ている。あの時も、そして今もこの悪寒をただの 気のせいだとして片付けようとしていた。 徐々に、その予感は確信へと変貌しつつあった。 闘いには、鍛え抜かれた体と、肉体を守る武器、状況を的確にかつ迅速 に判断する頭脳、そして直感や運と言う天性のものが必要とされる。 いかに肉体を鍛え上げようとも、人の力には限界がある。 それ故、どうしても超えられない障壁というのが必然と生まれてくる ものだ。 それを乗り越える為に、必要なのが運や直感のみで、それを神から与え られなかったものには死あるのみ。 そう、今、真田に与えられた悪寒は全てを知る神からの警告なのだ。 決して、無視することはできない。 「待て、動くな!何か悪い予感がする。」 真田がいきなり声を張り上げた。驚いた東が、ばっと振り返る。 「何だか悪い予感がするんだ。何かとは断言できない。 だが・・・気を抜くな」 かなり適当な言い草だな。 東は思った。 「なんでだよ?もう、敵さんの本拠地はわれてんだぜ? 早くこんな薄汚ねえとこ、出ようぜ!」 誰から見ても東が苛々しだしているのが分かる。 「待つんだ。俺の予感はあたる。・・・待つんだ。」 「おいおい、リーダー。今更怖気づいたのか?あんたらしくねぇな。」 東はそれだけ言うと、ボイラー室の前に立った。 ところどころに錆が浮いていたが、造りはしっかりとしている。 材質は鉄。触るとヒンヤリとしていて冷たい。 「それじゃあ、俺が道先案内人だ。それでは、皆さん、パラダイスへ 行こうぜ。」 パラダイス。最終決戦の地、アンブレラの生物研究所のことを東は パラダイスと形容した。 ようやく、ようやく終わる。下水の腐臭に耐え、何人もの警察官を殺し 神原たちの銃を向けたこの地獄のような日々が。ようやく。 「あれ?ドアノブまで錆びてるのか?」 東がガチャガチャと、回りきらないドアノブに四苦八苦している。 なにかが引っかかっているのか。それとも、老朽化が進み、単に壊れてい るだけなのか。 「まぁ、いいや。それでは、君たち!パラダイスへ、レッツゴー!」 東が無理やり、ドアノブを巻き切った。 同時にカチャ、となにかが外れる音が東の耳に届いた。 次の瞬間には、僅かに開いたドアの隙間から閃光が走った。 そして、赤とオレンジのベール―――紅蓮の炎が瞬く間に東を、包み込 んだ。 空気が膨れ上がり、爆風が押し寄せ、強烈な爆発音が耳に乱暴な体当た りをぶち当てた。 押し寄せた爆風に体の自由を奪われ、ふわっと体が宙に浮いたかと思うと 四、五メーターほど吹き飛ばされ エレベーターの扉に背中を叩きつけられた。 手から離れた利行のグロックや、坂部のAK47などが音をたてながら 乱雑に床を転げ回った。 密閉された地下室に音が何十にも折り重なり、まだ爆発音が反響して いる。 鼓膜が破れそうなほど、それはバカでかかった。 「あ・・・あ・・・」 驚愕。 利行や他のメンバーの表情にも、同様の物が表れていたに違いなかった。 夢だと思いたかった。 今、起こったことが全て夢だったと現実逃避をしてしまえばどんなに 楽だろうか。 あまりにも、その光景は衝撃的であり、非現実性を帯びていた。 「何が・・起こった?一体・・・何が?」 ようやく声が出た。 何が起こった? それは誰が見ても明らかだ。脳は理解しているのに、心、魂というものが 拒絶反応を示している。 嘘だ!こんなの、嘘だ!嘘に決まっている! 「扉に・・・罠。爆弾が仕掛けられていた・・・。爆発の大きさから 見て たいした量の火薬は使ってはいない・・。小型のプラスチック爆弾かなにか ・・・だ。」 リーが、小さな声で、できる限りの状況の分析をした。 だが、それはあまりにも空しく、無意味なことだった。 問題は爆弾の種類などではない。 一番の問題は―――――東が死んだ。 それだけだった。 東が―――死んだ!! 爆発により生じた煙が、ようやく落ち着きだし、薄れ始めてきた頃、利行は 開ききったと思った瞳孔を さらに見開いた。 煙の向こう、ボイラー室へと通じる厚い鉄製の扉は、紙くずのようにくの字 に折れ曲がり焼け焦げていた。 白に近かった床も、灰と煙にまみれ漆黒に変色している。 「うッ・・・うっ!」 胃の奥から、嘔吐感が込み上げてきた。 あまりのグロテスクさに、人目も気にせず、嘔吐物をぶちまけた。 東が、そこにはいた。 ゼロ距離で爆発を直に受けたのだ。 上半身は粉々に吹っ飛び、原型など止めているわけがない。 大半のパーツは、爆発で吹き飛び、わずかに残った足首、腸の一部と 思われる肉の塊があちこちに散らばっている。 シェフ、今日はミディアムレアで頼むよ。そうそう、ソースは たっぷりと―――くそ! 視覚が勝って、今までよく分からなかったのだが、意識がはっきりするに 従って血と火薬の匂いが入り交じった異臭が、鼻孔を刺激する。 「東ー!」 長尾がイングラムを握り締めたまま、肉片へと変貌した東に駆け寄った。 「嘘だろ?おい。東ー!・・・いつもみたく・・・俺を笑えよ・・・バカ にしてみろよ・・・。なぁ、返事しろよ!東ぁ!」 必死に肉片を集め、東の再生を計ろうとする長尾。 もちろん、そんな事で東が蘇るはずがない。あの長尾が、完全に我を忘れ ている。 「長尾!しっかりしろ!東は、死んだんだ!」 真田が長尾の頬をひっぱ叩いた。 長尾が血走った目をサナダに向ける。真田はそれに屈することなくまっすぐ な瞳を返した。 「行くぞ、俺たちはこんなところで立ち止まってなんかいられない。 東は死んだ。それだけは揺ぎ無い事実なんだ。・・・行くぞ、アンブレラに 復讐するんだ。」 長尾は力なく腕を床につけ―――泣いた。 利行は空ろな目つきで、長尾を見守っていた。 まだ爆発から五分も経っていないだろうが、火薬の匂いや血や肉の焼け焦げ た異臭ははもう、薄れている。 利行には不思議でならなかった。 何故、長尾は泣いているのか? 仲間が死んで泣くのはわかる。それは当然だ。 しかし、長尾の涙の意味には、仲間の死というものより、遥か上をいくずっ と大切な感情が込められているように思われた。 それがなんなのかは、分からないにしても、利行の目にはいつか見た長尾 のあの、哀しげな背中がフラッシュバックした。 真田たちに、長尾と東の詳しい関係を言おうとしたが―――やめた。 そんなこと聞いても何にもならない。ただの探究心で、そんなことするもの ではない。 「輝島、頼む。」 真田が短く言った。 輝島は返事をすることなく、視線を床に置いたバックに落とすと中から サーマルゴーグルを取り出した。視界が赤へと変わる。 他にも爆弾が仕掛けられていないか確認しろ、という真田の配慮であった。 まずは自分たちがいる廊下だ。万が一という場合もある。油断は禁物だ。 注意深く、壁、天井を凝視する。一通り作業を終え、次はボイラー室の中に 視線を移す。 電力の配分を管理するボックス、大掛かりな非常時に使用する大型モーター。 ありとあらゆる場所を見てみたが爆弾と思われる陰影は見られない。 爆弾は東を仕留めた扉に仕掛けられていた一つだけだったようだ。 「ない。爆弾はそれ、一つだけだ。」 真田は小さくうなずいた。長尾をなだめるのを止め、視線を利行に向けた そのときだった。 くの字に折れ曲がり、黒こげたボイラー室の扉の裏。そこに何か赤色の塗料 で文字が書かれているのに、気づいた。 灰が被っていて、判読が難しかったが、なんとか読めた。 【DO,YOU,ESCAPE?】 ―――あなたは逃げる?一体、どういう意味だ? 「なんだこれ?」 利行もその文字に気づいたらしく、首を傾げた。 社員が悪戯で書いたものなのか?それとも、この爆弾を仕掛けた犯人―― 「おまえたちは逃げル?それとも、闘ウ?オー、イェイー!」 全員が顔を見合わせた。あの流暢だが、語尾の発音が微妙にずれるあの声。 聞き覚えがあった。特に内藤や真田にとっては、忘れられないあの男の声。 気づいた。 内藤や、利行が到着し、閉め切っていたはずのエレベーターの扉が開いて いる。 だが中は空っぽ。誰も乗ってはいない。 「誰だ?」 利行が呟いた時には、エレベーターの扉の奥が激しく光り、続いて轟音が 届いた。 どぱぱぱぱぱ。サブマシンガンの銃声に違いなかった。 「嘉川!伏せろ!」 真田が思いっきり利行の頭を押さえつけ、扉の残骸の影へ押し込んだ。 他の仲間たちも、慌ててボイラー室の中へとなだれ込む。 「ギ、ギャン・キャドリック!」 内藤が叫んだ。あいつだ。あいつがいる。ハイエナと呼ばれ、ダイジ神父を 殺した、あの男が。 奴がここにいる理由はただ一つ。 爆弾を仕掛けた張本人はあいつだ。あいつがあの爆弾で、東を殺したのだ。 「どうダ?東って奴、死んじまったなァー!可哀想ニ〜。俺は真田か内藤が 死ねばラッキーだと思ったんだけどナ。」 ギャンとの面識がなかった長尾でも分かる。 この野郎!ぶっ殺す! 長尾がイングラム二丁を両手で構え、ギャンに向け、引き金を絞った。 ぱららららら。タイプライターのような銃声。 直後、エレベーターの扉に当たり金属音を散らす。 ギャンは体を死角に引っ込め、難なくやり過ごしたようだった。 「うおおおおお!」 額に血管を浮かばせ、完全にキレている長尾はなおも、イングラムの引き金 を引き続けている。 すぐに右手で持ったイングラムの弾が尽き、もう一つも同様に弾切れを起し た。 予備マガジンは残されていない。SATとの戦闘において、全て消費してし まったからだ。 イングラムをコートの下に隠したホルスターにしまい、もう一つの切り札 MP5クルツをベルトから引き抜いた。 それをギャンに向けて撃つが、すぐに弾切れ。 最後のあがきと言わんばかりに、サブウェポンのベレッタM92Fを構え た。 「どうしタ?仲間が殺されたんだゾ?俺を殺さないのカ?それとも のこのこと逃げるのカ?臆病者メ!」 ギャンが笑い交じりの声で、挑発した。 ギャンの顔が、サブマシンガンのマズルフラッシュで闇に浮き上がる。 それと同時に連続する銃声が轟く。利行を身を潜めた扉が、上下にゆれ 壁に着弾した弾が散らす火花が背中に降りかかった。 熱いとは感じなかった。それよりも、早く自分も応戦しなければいけない。 握り締めたグロックを構え―――グロックのスライドが後退していた。 弾切れ。予備のマガジンはないかとズボンのポケットを探るが何もない。 完全に攻撃の手立てが残されていなかった。 「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」 利行には長尾の声が殆ど絶叫しているように聞こえた。 今度はベレッタの炸裂音が、立て続けにこだまする。またも、ギャンの 頭はすぅっ、と死角に隠れる。 弾は空しく、エレベーターの壁に火花を散らすだけだった。 利行の目には長尾の顔が、どこかが壊れた狂人のように見えた。 「よせ長尾!落ち着け!」 坂部が制止に入るが、長尾は伸びてきた彼の手を振り解き、ベレッタを 撃ち続ける。 「ハハハハ!馬鹿メ!そんな物じゃ俺は殺せないゾ!」 ギャンは尚も長尾を挑発している。そして、怒りに我を忘れ、ハンドガン を撃ちまくる長尾を見て、楽しんでいる。 「うぐっ!」 錯乱状態にあった長尾のみぞおちに、鋭い拳が入った。 真田だった。真田が長尾を気絶させ、事態を収拾しようと図ったのだ。 長尾の体が力なく、真田の腕を伝い床に落ちた。 「ハッハー!なかなかの薄情モンだな。サナダ!あの神父の時と同じように ・・・逃げるのカ!?」 どぱぱぱぱ。真田の足元、縦一列に鮮やかな弾着の列が通過する。 真田は意識を失った長尾の身を抱え、ボイラー室に飛び込んだ。 「嘉川!行くぞ!」 ボイラー室の奥から真田が手招きをしている。長尾の体は坂部に預けられた ようだ。 先頭は輝島で、サーマルゴーグルを装着し、爆弾の有無を調べている。 「くっ!」 前に転がるような形で、利行もボイラー室に飛び込んだ。 追撃の銃弾が、利行を襲ったが、当たらなかったようだ。 「臆病者どもメ!そんなに俺が怖いカ!?」 ギャンは穴だらけになったエレベーターの中で、挑発を続けている。 部屋の奥にあるマンホールへ近づいた時、メンバーが一人足りないのに 気づいた。 内藤がいない。 素早く後ろを振り返る。内藤はまだ、ギャンと対峙していた。 後ろからは分かりにくかったが、その手にはハンドガンが握られている。 「耳障りだ。少し黙れ、ハイエナ。」 銃声が三度響き渡った。 だが、ギャンはその銃弾を難なく避ける。またしても銃弾は奴の体から それ、エレベーターの壁に着弾したのだ。 「は!?何処を狙っていル!?」 次の瞬間、ギャンの体が揺らいだ。いや、正確にはエレベーターが バランスを失い右へ傾いているのだ。 ドガっという、重い音が響いた。 そして、ギャンの体がエレベーターと共に一瞬の内に消え去った。 「うぎゃああ」という絶叫と共に。 ギャンがいた場所には、真っ暗な闇が残された。じっと見つめていると 吸い込まれてしまいそうなほど、深い闇だ。 恐る恐る内藤に近づき、尋ねた。 「な、内藤?」 内藤はホールドオープンしたコルトガバメントをベルトに差込み、静かに 言った。 「エレベーターのワイヤーを撃ち抜いたんだ。」 目が見開かれた。あの一瞬で、勘だけを頼りにエレベーターを支える ワイヤーを切断したというのか? いやはや、まさに神業だ。 「し、死んだのか?」 「いや。エレベーターの安全装置が働いて・・・そうだな、三階くらい下 で止まっているはずだ。 無傷だよ、やつは。しかし、まぁ、奴の馬鹿みたいな声が聞くのに耐え 切れんかったからな。思わずやってしまった。」 内藤の目にぞっとするような、深い怒りが浮かんでいた。 内藤も真田と同様、平静を装っているが、ギャンとは何かしらの因縁が あったと見受けられる。 「内藤、お前」 「行くぞ嘉川。ここにはもう用はない。」 内藤は利行を冷たくあしらった。ギャンを追いたい、そんな気持ちを抑え ているのがひしひしと伝わってくる。 もし、ここに現れたのがギャンではなくカオスだったら―――必ず自分 も我を忘れ、長尾のように錯乱したはずだろう。 そして、内藤や真田のように感情を押し殺して耐えるなどということは 絶対に―――無理だ、思った。 歩き始めた利行の足に、何かが触れた。ブーツ越しからでも分かる 生暖かい、やわらかい感触。 それは勿論、東の肉片であった。 ―――クソ、東・・・。 良心の呵責とか、そんな気持ちを超えた何かが波のように胸の奥から 込み上げてきた。 たった数日間の時を過ごしただけの自分すらこんなにも悲しみに打ち のめされているのだ。 ずっと、少なくとも自分より遥かに長い時を東と共に過ごした他の メンバーが味わった悲しみなど、到底、想像できなかった。 とかく長尾の悲しみはとてつもなく大きかったに違いない。 涙。今まで利行には、長尾は闘いを遊びとしか思ってないような冷酷 な男だという偏見があった。 その長尾が、東の死に泣いた。そして、我を忘れギャンに向かっていっ た。 東と長尾の関係など、利行が与り知れぬところだったが、それでも あの二人の間には特別な感情があったのだろうと察した。 自分と涼子の間にあった愛情と呼ばれるものと近いような、何かが。 広場はパトカーや負傷したSAT隊員を運ぶ為にかけつけた救急車の サイレン、事態に慌てふためく警察官の怒号などで埋め尽くされていた。 ある者は無線を取り、情報収集に駆り出され、ある者は暴徒とさほど 変わらないマスコミの対応に追われている。 そんな広場から百メートルほど離れた国道の脇道に停めてある車の中 に、異常なほど平静を装った男が一人 缶コーヒーを口に運ばせながら、携帯電話を耳にあてていた。 「ギャンか?・・・何?どこだ?ああ、分かった。地下三階だな。 ・・・誰にやられた?・・・内藤か。まぁ、いい。もう少ししたら部下 を送る。ん?ああ、それなら『ユダ』から聞いた。東小次郎という ハッカーだな?そんなザコには興味ない。 上層部の人間はグループのリーダーを務める真田幸影や、留置所から 脱獄した内藤なんかの命を欲しがっている。 ・・・フフフ、おもしろいことを言う。私からすればそうだな・・・ 嘉川利行。あいつにだけは死んでもらっては困るからな。 いや、ちょっとしたゲームだよ。もうすぐチェックメイトといったとこ だ。貴様には関係のない事だ。ん?・・・研究所の所在地か? そんな物はくれてやればいい。 こちらは向こうで待機し、腰を降ろしていればいい。奴らが乗り込んで きた時・・・消す。 ・・・盗聴?いや、されてはいない。・・・斎藤七海?ギャン、貴様は 何故この仕事に就いた?お偉方のご機嫌を取るためか? ・・・ふふふふ。そうだ。私はあくまでも私自身のためにやっていること だからな。 それに今、リセットするには惜しすぎる。ああ、もうすぐフィナーレだ。 ・・・そうだな。奴の反応が楽しみだ。まさか、自分がそうだったとは 思うまい。・・・客が来た。十分だ、待ってろ。」 男は携帯電話の電源を切った。 コンコン。 窓の外を向くと、若い男が車の窓を叩いている。腕に『フジヤマTV』 と書かれた腕章を巻きつけている。 ―――民衆の利己主義の奴隷、マスコミか。 「すいません、ちょっとお話を伺いたいのですがー!少しだけでいいん です。」 マスコミと思われる男は忙しげに何度も窓を叩く。 こちらが無視を続けていると、そのペースはどんどん速くなる。 落ち着きのない男が。こういう男が一番、勘に触る。 男は車のダッシュボードに搭載された直径十センチほどのアンプに視線 を落とす。 「もう少し頑張ってくれ―――『ユダ』。」 男は窓を下げた。若い男が安堵した表情を浮かべる。 「あのー、あなた、け」 パス。 風船から空気が抜ける音、それか枕に拳銃を押し当てて引き金を引いた 時のような、くぐくもった音が鳴った。 若い男は自分の身に何が起こったのか認識する暇もなく、意識を絶た れた。 体が揺らぎ、前のめりに傾く。男はたった今、頭に銃弾を撃ちこんだ その若い男の胸倉を掴み、車の中へ引き込んだ。 証拠を残してはまずいと踏んだからだ。 男が乗っている車の窓ガラスは全て、スモーク仕様になっていて、外から 中の様子を窺い知ることは出来ない。 極太のサイレンサーが取り付けられたワルサーPPKをダッシュボード の上に置いた。 男は、ゆっくりとため息をついた。 ピリリリとダッシュボードに置いたもう一つの携帯電話が鳴る。 「もしもし、私だ。」 いつもと変わらぬ『業務用』の口調で答えた。 「ああ、今か?違う。渋谷で?現場に血の十字架?ちっ・・・また例の 惨殺死体だと?・・・便乗犯の登場というわけか。 こちらも忙しいんだ。ああ、そちらで対処願おう。ああ。そうだ・・・。 分かった。落ち着いたらこちらから連絡する・・・切るぞ。」 素っ気無く電話を切る。 窓を10センチほど開けると、まだバッテリーが充分にあるその携帯電話 をほおリ投げた。 小奇麗なタイルが詰められた歩道の上を滑走し、街路樹の幹に当たりそこで 止まった。 空を見上げると、綺麗な弧を描くようにして、満月が浮かんでいる。 男―――カオスは不敵な笑みを、月へ投げかけた。 ●第十八章・それぞれの思い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「こっちだ!早く!」 指定の場所で待機していたミシュキンは、真田たちの姿を発見すると大声で 叫んだ。 全員、致命傷になるような傷はないようだ。東は怪我を負っているのか、坂 部に担がれている。出血はない。大丈夫なようだ。―――全員!? ミシュキンはそこで妙なことに気づいた。東の姿が見当たらない。マンホー ルに視線を飛ばし、ひょっこり現れるのではないかと期待したが、西村が大 柄な体を外へ出すと、マンホールは堅く閉ざされた。 徐々に鼓動が激しくなる。 考えたくはない。が、これしか考えられない。 「東は・・・死んだ・・・。」 ミシュキンが言うより早くに、真田が報告をした。 最悪の事態だった。まさか、こんな所で死者が出るとは予想だにしていなか ったのだ。 第一、今ここに警察が来ている事自体おかしい。 今回の作戦は留置所のとき以上に、細心の注意を払ったはずだ。 警察に通報されるということは、あり得ない。 「まさか・・・リーダー?」 思わず言葉が漏れる。 真田はその問いに返事をすることなく、バンに乗り込んだ。 他のメンバーも無言で、次々と乗っていく。 「詳しいことは後で話す。取りあえず今は、ここを離れたほうがいい」 輝島が肩に手をおき、静かに言った。 「と、いうわけだ・・・。完全に俺のミスだ。すまない。」 真田が下を俯いたまま言った。 「しょうがなかった・・・あの状況では・・・な」 輝島の言葉が虚しく響く。車内の重い空気がいっこうに無くならない。 留置所の時もこうだった。見破られるはずの無い作戦がいとも簡単に 警察に通報され、今回は死者すら出してしまった。 裏切り者などいない―――今までそう信じてきたがその希望は打ち砕か れてしまった。 真田が切り出すのを利行は待った。が、一向にその気配が無い。 その間にも車内の空気の重さと密度は増して行く。 息が詰まりそうだ。目を閉じると、東の肉片がフラッシュバックし吐き気 が込み上げてくる。爆弾を仕掛けたあの男も―――信じたくは無いがメ ンバーの中に必ず存在する裏切り者を利行は絶対に―――。 「許せねぇ!」 気絶していた長尾が目を覚ました。 「どこだ!?俺がぶっ殺してやらぁ!かかってきやがれ!」 かなり錯乱している。腕を無茶苦茶に振り回し暴れる。 「よせ!長尾!奴はもういない!」 慌てて取り押さえる。 「うっ・・・うっ・・・」 苦悶が嗚咽へと変わっていた。 長尾は大粒の涙を、流している。 「畜生・・・畜生・・・東あああああ!!」 悲しみにくれた獣が叫んだ。 海は驚くほどに穏やかだった。とても忌まわしい殺し合いがあったとは思 えないほどに。 利行は防波堤に座り、そこに打ち付ける波を眺めていた。 打ち寄せる波は防波堤に当たり、白い泡となって消えまた打ち寄せては消 え―――。 それを繰り返している。 「飲むか?」 無表情な輝島がコーラを差し伸べていた。 「ありがとうございます」と言ってそれを受け取る。 「東・・死にましたね」 「ああ」 彼の返事はそれだけだった。それ以上は何も言わず利行と同じように海を 眺めている。 「俺たちは―――正しいんでしょうか?」 「何?」 「初めはただ、涼子を殺したって聞いた時、憎くて・・・それだけを考え て闘ってきました。でも―――今度の戦いで、かつての仲間を殺すっての には」 「罪悪感か?よせ。正しいとか正しくないとか、そんな事は関係ない。忘 れたか?真田は『俺たちは悪だ』と言った。―――俺たちは悪だ。俺たち は人を殺しまくってる最悪の集団だ。違うか?」 「それは・・そうですけど」 「悩むのはいいことだ。真田でも俺でも、人殺しに対するジレンマはある さ。当然な。何ら考える事がなくなったら、それこそ終わりだ。そうなっ たら人はただの殺人鬼さ。苦悩するってのはいい事だ。実に人間らしい よ。良心の呵責とか罪悪感は人が人である為には必要不可欠なものさ」 「・・・何となく分かる気がします・・・」 「真田からの伝言だ。一週間チームを解散する。意思がある者だけ、一週 間後深夜二時にここに集まれ」 「チームを解散?」 「ユダを考慮に入れての措置だろう。奴は確認したいらしい。自分達は何 の為に闘うのかをな。―――さて。行くか」 輝島は重い腰を上げた。 「何処へ?」 「妻の墓参りだ。明後日が命日なんだがもう何年も行ってない事を思い出 したんでな」 静かに彼は歩き出す。まだ灯りの消えない都心へ向けて。 「捕まるなよ」 冗談のつもりで言ったらしかったが全然笑えなかった。 それでも利行は出来る限りの笑みで返した。 ●最終章・一つの結末 今、嘉川利行は深淵の谷が支配する、漆黒の闇の中を歩いている。 何も見えない、何も聞こえない無の世界。 利行は手探りで、闇を掻き分けながら進む。 やがて利行は足を何かに躓き、無様に転んだ。顔面を地面へ打ち付けて しまった為、頬がひりひりと鈍重な痛みを伴って熱くなってきた。 利行は足を躓かせた何かに視線を飛ばした。 なぜかその部分の闇だけが切り裂かれ、丸く浮かび上がった。 それは肉塊であった。 利行には見覚えがあった。 それは東小太郎が、ギャン・キャドリックが仕掛けた爆弾によって粉々に 吹き飛ばされた姿だった。 吐き気が、頭を過ぎる。 喉の奥から酸っぱいものが込み上げてきて、耐え難い苦痛が胸を苦しめた。 次の瞬間、利行を覆っていた闇が凄まじい風圧と共にかき消され、無数の 死体が彼の前に出現した。 それらはすべて、利行が殺した人間のものであった。 彼らの顔は一様にして恐怖と苦痛で歪み、濁った眼光を利行に投げかけてい た。 利行は叫ぶ。 ありったけの懺悔の念を込めて。 死体は表情を変えず、膝をつき叫ぶ利行を見つめている。 なぜ殺した。 まだ俺達には家族がいるんだぞ。 来週、子供の誕生日だったんだぞ。 明日は彼女と遊びに行く予定だったんだ。 家には寝たきりの生活を強いられているお袋がいるんだぞ。 なぜ殺した。 なぜ。 なぜ。 利行は銃を構える。 死体へ向けて。 俺は憎悪で、お前達を殺した。 そこには良心の呵責があった。 だが、俺はそれを押し退けて、お前達を殺した。 俺は自分のエゴの為に人を殺す殺人鬼だ。 利行は引き金を引く。 死体の目が、腹が、足が、腕が、鼻が、頭が、銃弾に よって肉を抉られ、吹き飛ばされた。 利行の瞳から、透明な液体が頬を伝って、落ちた。 利行は目を開けた。視界に広がるのは血の海と、一人の男。 男は口を開いた。ぞっとする、氷の声だった。 「面白いゲームだったよ。感謝しよう」 男は手に下げていたリボルバーを上げた。 利行もグロックを構え、銃口を男の額に向ける。 「殺し合うとするか。罪人同士な」 「ああ」 二発の銃声が交錯し、二つの血の花が咲き、ゲームの幕は 静かに下ろされた。 TO BE CONTINUED・・・・ お詫びとあとがき 私は敬語というか改まった言葉が苦手です。これを始めに断っておきます。 いきなり終わらせてしまい、全国の四人の眠れる闇ファンの皆さんに お詫びします。 終わらせようと思った理由はかなりありますが割愛させて頂きます。 この眠れる闇は、私の初の長編であり、息子のように(笑)育ててきた 作品なので、いずれリニューアルという形で発表したいと思います。 そうですねぇ、バイオ1とGC版バイオ1ぐらいのリニューアルに なります。 ええ。そうです。 カオスの正体やユダの正体、後は、自分でも「こりゃなかなかいいん でない?」って感じのラストを是非とも書きたいんで。 ・・乱文ですね。ノベラー失格であります。 それでは、次回作で会いましょう!! (というか、リニューアルまでの間、ある作品をここへ投稿しようと思っ てます。眠れる闇の世界に関係ある作品なんで、是非とも読んで欲しいで す) |
是非、筆者に感想等をお聞かせ下さい。
カイ氏 宛